私は、今まで学校教育にかかわる調査・研究を中心に活動してまいりました。このたび、「情報社会における小・中・高の(数学教育を含めた広い意味の)情報教育を考える会」(平成19・20年度)のメンバー(幹事)として、特に高等学校の教科「情報」の立場から、情報社会における情報教育について考える機会をいただきました。初年度の研究概要は、研究会報告書(平成19年3月15日)としてまとめ、簡単に報告をさせていただきました。
しかし、最終年度の報告は、正式な報告書としてまだ公表されておりません。そこで、この会員コラムの場をお借りして、成果の一部を報告させていただくとともに、情報教育の一領域である教科「情報」に関する私見を述べさせていただきます。
初年度の研究会活動は、研究会の会員がメーリングリストを中心に意見を交換し、そこでの議論をもとに、研究会の方向性や本研究会のテーマについての中間まとめを行いました。そこでの議論を進めるための基礎資料の一つとして、アンケート調査を行いました。目的は、学習指導要領に記述された項目の取り扱い方(重きの置き方)を探るものです。こうした調査が行われる背景には、次のような理由があります。すなわち、指導要領に記述された項目は、教える内容として取り上げなければなりませんが、その取り扱い方、例えばどの項目に重点を置いて、どのように指導するか、言い方を変えればどこを軽く扱っているのか、は教える教師の裁量となります。教師は学校や生徒の実態とともに自らの力量に応じて、指導法を決定します。従って、学習指導要領に指導すべき内容が記載されたとしても、どのような状況や教師の姿勢で指導されているかを把握することは難しく、その状況調査はほとんど行われていのが現状です。
調査は、関東周辺(埼玉県、神奈川県、茨城県)の高等学校に依頼して、Webによる調査を行いました。有効回答校数は47と少なく残念ではありましたが、大まかな傾向は捉えることができると考えています。
「情報システム」という用語が学習指導要領の指導項目として出現するのは「情報C」です。そこで、ここでは「情報C」の調査の結果を図1に示します。
---アンケート抜粋---
「質問3 学習指導要領の内容は、生徒の興味・関心、進路希望等に応じ、幅広い内容の取り扱いが可能となっています。現状における貴校での学習指導要領の各領域の指導における重み付けを伺います。当てはまる箇所に○印を記入してください。」
「ほとんど行わない」、「軽視」、「やや軽視」を合計した割合が、半数を超える項目は「社会で利用される情報システム」のみであることが分かります。65%の先生方がこの項目の指導を軽視している傾向にあるかが分かります。指導を軽視している傾向が見られる他の項目としては、「情報通信の効果的な方法」と「情報機器の種類と特徴」があります。しかし、その割合は50%を切っています。こうしてみると、「社会で利用される情報システム」の項目が、いかに軽視されているかを理解できます。本調査では、その理由を問う質問が無いため、回答の背景や理由を明らかにすることはできませんでした。
私の想像では、内容が扱い難い項目だからではないかと思っています。情報システムについて、先生方は具体的な知識を持ち合わせていないと思われます。学習指導要領では、この項目の内容について「社会で利用されている代表的な情報システムについて、それらの種類と特性、情報システムの信頼性を高める工夫などを理解させる」とあります。しかし、実社会と離れてしまっている教育の場では、ブラックボックス化された情報システムについて、具体的な内容を生徒に提示できる教材や知識は明らかに不足しています。指導者が避けたい領域であることが、先のような結果の背景にあるのではないかと理解しています。しかし、今後の調査が必要です。
一方、指導を重視している際立った項目は、「情報の公開・保護と個人の責任」、「情報機器を活用した表現方法」、「コミュニケーションにおける情報通信ねとワークの活用」でした。
さて、「情報C」の目標は、「情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ,表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養うとともに,情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解させ,情報社会に参加する上での望ましい態度を育てる。」です。情報と社会の繋がりを理解させる点において「社会で利用される情報システム」は、情報Cの学習内容の中心に位置しなければならない項目であると考えます。しかし、現状は上述いた状況にあることが明らかになりました。
こうしたアンケート結果を基礎資料として、研究会の議論が進められました。特に、中間報告段階での教科「情報」のあり方や課題について、以下の項目が重要な点として整理されました。
これらの課題のいくつかについては、後半で私見を述べてみたいと思います。
研究2年目の活動としては、教科「情報」の教員養成をめぐる課題について調査を行いました。調査の目的や背景は、近年の教員免許更新制の導入や各地の教育委員会が、教科「情報」の免許状のみでは教員採用試験を受験させない動きを作り出していること、などが教科「情報」の教員養成に及ぼす影響などを探ることにあります。
調査対象は、教科「情報」の免許が取得できる全国の教育学部及び関東近郊の教育学部以外の学部としました。
I.調査方法
情報の免許取得を希望する学生の変化は53%の学部で変化がなく、41%の学部で減少していました。学生の取得に対する意欲は66%の学部で変化がなく、19%の学部で低下がみられました。2種類の免許を取得できる学部は90%を占め、その内の7割以上の学生が取得する学部の割合は32%、5割から7割が23%、3割から5割が6%、3割以下が23%でした。学生の対応は、関東近辺で教員採用試験を受けるためには、2種類の免許が必要であることから地域によって異なると考えられます。取得する教科は、数学が31%、工業が15%、理科が14%、地理歴史が12%、家庭科、商業がそれぞれ7%でした。
教員養成を担当する大学教員が教育現場や社会の動向をどのように感じているかの質問に関して、高等学校が情報科へ取り組む姿勢について、「取り組む姿勢が少ない」が31%、「やや少ない」が38%となり、両者を合わせると7割の大学教員が教育現場の取り組みに熱意を感じていなことが分かります。一般社会が情報科へ期待する状況をどう感じているかでは、「あまり期待していない」が13%、「やや期待していない」が22%、「どちらともいえない」が38%、「期待している」が25%でした。大学の教員らは、教育現場は社会が期待しているほど情報科に対して期待をしていないと感じていることが分かります。
さて、情報科教員の養成に関わる課題として、教員採用人数の少ないことが問題であると指摘している大学教員は94%に及びました。大多数の大学教員がこの点を緊急の課題であると認識しています。次に際立った課題として認識されたのが、複数の教員免許状を持たないと採用試験も受けられないという現状に対して、「問題である」と回答した者が60%、「やや問題」であると回答した者が9%で、「どちらともいえない」が25%でした。
免許更新制の影響により教員免許取得希望者が「減少したと思っている」、「やや思っている」、を加えると25%、一方、「思わない」、「やや思わない」、を加えると47%となりました。免許更新制の導入が、免許取得希望者の減少に影響していると思っている者は、そう思っていない者に比べて半数の割合でした。
教科情報の目標について、目標が明確でないと考えているものが、「そう思う」、「やや思う」、を加えると47%で、「明確である」、「やや明確である」と回答した者は30%であり、明確さに欠くと思っている大学教員が上回っていました。
センター試験に無いことが問題であると「思っている」、「やや思っている」、を加えると66%であり、「思っていない」、「やや思っていない」を加えた12%を大きく上回っています。センター試験へ参加していないことが課題であると考えている大学教員が比較的多いことが分かります。
教員養成課程の内容の中で、「情報システム」の内容が「不足していると考えている」、「やや考えている」、を加えると25%で、「十分である」、「やや十分」を加えた31%を下回っています。教員養成課程では、それなりに「情報システム」の学習を進めていると考えている人の割合が多いことが分かります。
最後に、教員養成課程の学習内容として、優先順位の高い領域を5つ上げてもらいました。回答順位に重みを付けて数値化した結果を表1に示します。
最も重視したいと考えている領域はリテラシー、次がネットワークであることが分かります。第3位に「情報システム」「システム思考」など情報システムに関する領域が占めています。重視されるのではないかと考えていた「情報倫理」や「知的財産権/著作権」を上回っていることが特徴的でした。
初年度の調査においては、高等学校の情報担当の先生方は「情報システム」の学習内容を軽視している傾向が強かったのに対して、教員養成課程を担当する大学教員は「情報システム」を重視して指導していきたいと考えているという、奇妙なねじれ現象が生じていることが分かります。このことについて詳細な調査が行われていないため、推察の域を出ません。個人的な見解としては「情報システム」の学習は、理念としては重要であるが、現実的に高校生を対象として授業を進める場合の難しさを示唆しているのではないかと思われます。なぜそのような結果として現れたのか、更なる調査が必要です。
研究会で行われた2年間調査から、特に教科「情報」における「情報システム」の受け取られ方について整理してきました。
まだ十分な調査ではないため、垣間見られる特色として私見を述べれば、教科「情報」において「情報システム」の重要性は認識されてしているものの、現実的な指導の段階に至ると足踏みをせざるを得ない状況にあるように見受けられます。情報システムの学習を通して、生徒は何を学び、身につけるのか、そのための教材や指導方法はどうあるべきなのか、など具体的な現場の課題に対して、情報システムの専門家が集う当学会の果たす役割は大きいものと期待されます。
最後に、教科「情報」について、初年度に整理した課題について私見を述べてみたいと思います。課題が下記のように整理されました。
この2つの問いは、大変重要です。まず、必修科目として存在する意味は何かについて考えを整理しなければなりません。全ての高校生が学ぶ意味は何かと問われたとき、私たちは、その教科を学ぶことによって様々な身の回りの事象や現象をその教科を学ぶことで身につけた何かによって理解する、あるいは捉えることができる能力の育成と考えています。例えば、「数学」を学ぶ目的は、様々な事象を数学的な見方や観点から読み解き、その現象を数学のモデルとして捉えることができる能力を付けることです。同じように、教科「情報」であるならば、「情報」を学ぶことによって、様々な事象を「情報」を軸として捉えることができる能力の育成と考えることができます。この何かとは、「見方・考え方」という言葉で今は置き換えておこうと考えています。
独立教科としての地位を確立するとは、数学や理科と独立した教育目標、すなわち理科や数学を学ぶことによって情報が理解できるという従属の関係に位置する目標でないものを見出すことです。本来、情報科が独立教科として存在すべきものであるならば、必然的に存在しているものを明らかにする必要があると考えます。
次期の教科「情報」の目標は現在と同様、「情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。」となっています。目標の中の「---情報に関する科学的な見方や考え方を養う---」という捉え方は、「情報」を従来の科学の見方で捉えることが目標となっていて、そこからの独立性を維持しようとする教科としての意思が見られません。むしろ、われわれの主張に沿えば、「---習得を通して、情報的な見方や考え方を養うとともに--」となることを望んでいます。
さて、次に課題となるのは、情報的なあるいは情報システム的な見方や考え方とは何か、という内容を提出しなければなりません。しかし、この内容については当学会の専門家の方々のご意見を伺い、お知恵をお借りしながら考察を進めていかなければならないと考えます。教育と情報システムを考える研究会で、多くの方々との議論を深めながら、明らかにしなければならない深遠な課題であろうと思われます。
まとまりのない報告となってしまったことをお詫びするとともに、会員の一人として今後ともご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。