IBM産業スパイ事件が発生した後の昭和58年12月、通産省(現、経済産業省)の産業構造審議会情報産業部会は中間答申において「ソフトウェア基盤整備のあり方について−ソフトウェアの法的保護の確立を目指して−」を発表する。ここでは、その中のソフトウェアの法的保護[プログラム権法(仮称)の提唱]について考察してみたい。
通産省の産業構造審議会情報産業部会では、当時(昭和58年頃)の「ソフトウェアの現状」を「第二次情報化革命の時代」に入ったものとして認識し、将来にわたってソフトウェアの需要が大幅に増大するものと考えていた。ところがソフトウェアは需要が高度化かつ多様化しているうえに、ソフトウェアの開発は多額の投資と労力を投入してもハードウェアほど生産性の向上が期待できない。そのため、ソフトウェアの円滑な供給が切望されていた。また、この当時安価で普及し始めた小型コンピュータ(オフコンなど)を導入する中小企業が増え始めている。パーソナル・コンピュータが業務用として普及したことが、ソフトウェアのニーズを急速に拡大させていった。
このような前提の中で、産業構造審議会情報産業部会では、ソフトウェアの流通に次のような変化があることを示している。(1)ソフトウェアが分離されて、ソフトウェアの価値が認識されるようになったこと、(2)パッケージソフト(ソフトウェア・プロダクト)の流通量が増大しつつあったこと、(3)自社利用のためのソフトウェアを製品として積極的に市場に流通させる企業が増えてきていること。
また、ソフトウェアにかかる係争事件も増加傾向にあることも示している。その原因として考えられているのは次の通りである。(1)ソフトウェアの流通の拡大による不正使用や無断複製が横行していること、(2)前述のとおり中小企業ユーザーが増えたが、ソフトウェアを十分に使いこなせず、またはシステムに合わないソフトウェアを購入していることも多いこと、(3)この頃はまだソフトウェアの流通の歴史が浅く、法律的な権利関係も明確にされていなかったことから、契約関係のルールも確立されていなかったこと。
以上のようなソフトウェアに対する外的環境(「ソフトウェアの現状」)を踏まえて産業構造審議会情報産業部会は投下資本の回収を確保することによるソフトウェア開発の促進、重複投資の回避などによるソフトウェア開発の効率化、そしてソフトウェアの流通促進による利用の拡大が政策課題であることを示し、次の具体的方法を同中間答申は提言している。
このようなソフトウェアの権利、その情報提供や取引の基本ルールの確立をするためにも、ソフトウェアを法的にどのように保護していくのかを考える必要があり、そのためにもソフトウェアの特質とソフトウェアの環境(取引の実態など)に即した制度を作る必要があった。
経済財として法的保護を必要とするソフトウェアであるが、同中間答申ではソフトウェアが次の保護すべき特質を有しているとしている。
同中間答申では、メーカーが保守管理等の責任を有していることが通常であるとしながらも、メーカーが保守管理義務を負う場合でも重大な支障とならない限りは、ユーザーが自由に改変を行えるような配慮が必要であるとしている。これは現在の著作権法第20条第2項第3号、同条同項第4号、同法第47条の2に類似した考え方である。
プログラム間の相違性を判断することは単純だとは考えられない。同中間答申でも、「同一性、類似性の判断が非常にむずかしい場面もあり、その判断にはかなりの専門的知識が必要になるのが通常である」としている。
以上のことから、同中間答申では、次のとおり法的規範となるべきポイントを挙げている。
産業構造審議会情報産業部会は「外国の制度、国際条約に配慮しつつも、ソフトウェアの取引の実態に最大限即した制度作りを行うべきであり、将来誕生するであろう国際的なルールを論議する際に、我が国が主導的立場に立って制度作りを行うことが是非とも必要である」として、日本主導の国際ルール作りを模索していたことがわかる。
引用・参照文献