情報システム学会 メールマガジン 2009.5.25 No.04-02 [8]

連載 著作権と情報システム 第3回

司法書士/駒澤大学  田沼 浩

1.著作物

[2] 通産省案「ソフトウェア基盤整備のあり方について
    −ソフトウェアの法的保護の確立を目指して−」(1)

 IBM産業スパイ事件が発生した後の昭和58年12月、通産省(現、経済産業省)の産業構造審議会情報産業部会は中間答申において「ソフトウェア基盤整備のあり方について−ソフトウェアの法的保護の確立を目指して−」を発表する。ここでは、その中のソフトウェアの法的保護[プログラム権法(仮称)の提唱]について考察してみたい。

 通産省の産業構造審議会情報産業部会では、当時(昭和58年頃)の「ソフトウェアの現状」を「第二次情報化革命の時代」に入ったものとして認識し、将来にわたってソフトウェアの需要が大幅に増大するものと考えていた。ところがソフトウェアは需要が高度化かつ多様化しているうえに、ソフトウェアの開発は多額の投資と労力を投入してもハードウェアほど生産性の向上が期待できない。そのため、ソフトウェアの円滑な供給が切望されていた。また、この当時安価で普及し始めた小型コンピュータ(オフコンなど)を導入する中小企業が増え始めている。パーソナル・コンピュータが業務用として普及したことが、ソフトウェアのニーズを急速に拡大させていった。

 このような前提の中で、産業構造審議会情報産業部会では、ソフトウェアの流通に次のような変化があることを示している。(1)ソフトウェアが分離されて、ソフトウェアの価値が認識されるようになったこと、(2)パッケージソフト(ソフトウェア・プロダクト)の流通量が増大しつつあったこと、(3)自社利用のためのソフトウェアを製品として積極的に市場に流通させる企業が増えてきていること。

 また、ソフトウェアにかかる係争事件も増加傾向にあることも示している。その原因として考えられているのは次の通りである。(1)ソフトウェアの流通の拡大による不正使用や無断複製が横行していること、(2)前述のとおり中小企業ユーザーが増えたが、ソフトウェアを十分に使いこなせず、またはシステムに合わないソフトウェアを購入していることも多いこと、(3)この頃はまだソフトウェアの流通の歴史が浅く、法律的な権利関係も明確にされていなかったことから、契約関係のルールも確立されていなかったこと。

 以上のようなソフトウェアに対する外的環境(「ソフトウェアの現状」)を踏まえて産業構造審議会情報産業部会は投下資本の回収を確保することによるソフトウェア開発の促進、重複投資の回避などによるソフトウェア開発の効率化、そしてソフトウェアの流通促進による利用の拡大が政策課題であることを示し、次の具体的方法を同中間答申は提言している。

(1) ソフトウェアに関する権利の明確化
(2) ソフトウェア情報の提供
(3) ユーザーの保護を一体として取引の基本ルールの確立

 このようなソフトウェアの権利、その情報提供や取引の基本ルールの確立をするためにも、ソフトウェアを法的にどのように保護していくのかを考える必要があり、そのためにもソフトウェアの特質とソフトウェアの環境(取引の実態など)に即した制度を作る必要があった。

 経済財として法的保護を必要とするソフトウェアであるが、同中間答申ではソフトウェアが次の保護すべき特質を有しているとしている。

  (1)コンピュータで使用されてはじめて価値が発揮される商品であること
  (2)ソフトウェアの開発には多額の投資と労力がかかっても、安価でかつ簡単にデットコピー(正規の手続きを得ない複製物)が簡単に作成され、使用されること。また、そのデットコピーが原物と性能的にも変わらないこと
  (3)既存のソフトウェアをバージョンアップして、商品として高度化できること

 同中間答申では、メーカーが保守管理等の責任を有していることが通常であるとしながらも、メーカーが保守管理義務を負う場合でも重大な支障とならない限りは、ユーザーが自由に改変を行えるような配慮が必要であるとしている。これは現在の著作権法第20条第2項第3号、同条同項第4号、同法第47条の2に類似した考え方である。

  (4)複数のシステムエンジニアが独立してプログラムを作成しても、アルゴリズムなどの論理的帰結が同じであれば、類似したプログラムができる可能性があること。

 プログラム間の相違性を判断することは単純だとは考えられない。同中間答申でも、「同一性、類似性の判断が非常にむずかしい場面もあり、その判断にはかなりの専門的知識が必要になるのが通常である」としている。

  (5)ソフトウェアは技術先端的な商品であって、ソフトウェアの形態が変化していくこと、またソフトウェアは技術の進歩によって陳腐化することから、短期間での投下資本の回収が求められること

 以上のことから、同中間答申では、次のとおり法的規範となるべきポイントを挙げている。

(1) ソフトウェアの特質(前述のとおり)、取引の実態に即した制度
ソフトウェアが他の経済財とは異なる特質を有していることから、取引においても実態を十分勘案して制度をつくる必要がある。
(2) 権利の保護と利用の促進を二大目的とした制度
ソフトウェアを日本産業において欠くことのできない経済財として利用させるためにその権利を保護しなければならないことから、利用促進を前提とした権利保護を構築しなければならない。
(3) ソフトウェアの機能向上を促進する制度
ソフトウェアはその特徴からも常に機能の追加や改良を加えながら、より高度なソフトウェアへと進歩していくものであるため、それが阻害されないように、権利者間の調整を図らなければならない。
(4) 利用者(ユーザー)の利益を考慮した制度
ソフトウェア開発者の経済的な利益だけなく、ユーザーの利益も配慮した制度とすること、特に中小企業が安心して利用できるようなソフトウェアを提供されなければならない(基本的には契約によってユーザーの利益は保護される)。
(5) 技術進歩に対応しうる制度
ソフトウェアに対する技術の変化(進歩)に対応しうる制度でなければならない。
(6)ソフトウェア保護の国際性を考慮した制度
産業構造審議会情報産業部会が同中間答申を発表した当時は、ソフトウェアの国際ルールがまだはっきり定まっていなかった。そのため、このような保護の国際性が項目として挙げられている。

 産業構造審議会情報産業部会は「外国の制度、国際条約に配慮しつつも、ソフトウェアの取引の実態に最大限即した制度作りを行うべきであり、将来誕生するであろう国際的なルールを論議する際に、我が国が主導的立場に立って制度作りを行うことが是非とも必要である」として、日本主導の国際ルール作りを模索していたことがわかる。

引用・参照文献