現在,情報システム学会理事を務めておりますが,今回はその任務から離れて,人工知能学会会員(編集委員長)の立場から投稿します.まず,人工知能というと鉄腕アトムとかをイメージされる方が多いかもしれませんが,人間が行っている様々な知的(インテリジェント)な振る舞いを実現するための研究分野であり、知識表現、推論、言語理解,データマイニングなど,幅広い研究開発が展開されています.
例えば,迷惑メールを振り分ける技術としてベイジアンネットワークがありますが,これはデータマイニングの一手法であり,人工知能の技術が使われて,より快適なメーラーが整備されているともいえます。このように人工知能の研究開発はある意味成熟してきており,人・社会との関わりも大きくなっています.
以上の背景から,人工知能学会では,昨年,従来のテクニカル論文ではなく,人とプロセスとデータを総合的に取り扱う実践論文を念頭に,システム開発論文特集を実施しました。その結果,企業の事業部門の人からも数件投稿がありましたが,論文の書き方や評価基準などで意識のずれがあり,その溝を埋めるために,論文投稿された企業事業部門の方々との座談会を企画しました.詳細は人工知能学会誌2009年9月号を参照して頂くことにして,この座談会では,情報システム学会における論文投稿と関連する事項が多くいあると感じましたので,フライング気味ですが,その座談会の内容をかいつまんで紹介させて頂きます.
テクニカル(要素技術的な)論文の査読基準としては、新規性,有用性,信頼性の3つがよくあげられますが,要素技術の新規性に捕らわれ過ぎる面があり、従来の関連技術と比較して,どういう点が新しいのかという議論に終始して,オリジナリティを追求する傾向があります.
表1 システム開発論文の採録基準
しかしながら実践論文では、ユーザ,プロセス,データをどのように連携させれば,システムがうまく動作するのかに焦点があり,その構造全体を解き明かしていくことが求められています.つまり、ユーザ特性とシステム内での処理方法(プロセス)と利用するデータの諸性質の3者がうまく整合しないと,使えるシステムにはならない現実があるため,3者の関連性を解明することが求められており,プロセスに含まれる要素技術の新規性だけを議論しても始まらないのです.
人工知能におけるシステム開発論文の採録基準としては,インテリジェンスを本当に人間が有効に使えるようにシステムとして組み上げる技術,ここにもっと焦点を当てるべきだと感じています。これは単に開発者だけではなくて,ユーザの視点から,こういう使い方をすると,こういう技術が,こういうユーザ層にもっとアピールして使える,そういう知見も重要だと思いますが、人工知能学会論文誌では、そのような論文はほとんどいないのが現状です.今後,人工知能技術が社会に普及していくには,そういうノウハウを論文として蓄積していくことが重要であると認識し,この「AIシステム開発論文」の特集が始まりました.
表1に採録基準をあげましたが,実は,これは論文カテゴリーであって,査読基準ではありません.例えば,既存技術の有用な組合せ方に属する論文の場合,このカテゴリーの論文に対して,新規性,有用性,信頼性をどのような基準にするかが学会には問われています.どのような属性をもつユーザ集団に対して,どのような特性をもつデータを準備して,どのような技術の組合せで処理すればうまくシステム化できるのかを,現象論的ではなく,因果律的に記述して欲しいという要求が査読者側にはあります.
システム開発論文で、陥りやすいのは事例や製品紹介に留まった論文です.このような論文は,ベタな論文と呼ばれることがありますが,ベタな論文では,他の問題を抱えている会員に参考になりません.論文は,会員が読んで役に立つことが基本ですので,事例を単に紹介しただけでは不十分なのです.事例を少し持ち上げて(一般化して),高い視点から見ていただいて,本事例はこういうタイプの問題,こういうタイプの問題にはこういう人とプロセスとデータを組み合わせればこういう理由でうまくシステム化できると書いてもらえると,他の会員が読んでも役立ちますので,採録されやすくなります.
あるタイプの問題に対する,ユーザとプロセスとデータの有効な組合せの提言自体が,新規性と有用性を満足し,実行結果の分析が信頼性を高めることになり,システム開発論文として採録されることになるかと思います.
事業部門では,学術論文投稿よりも,特許出願,社内技術報執筆の方が圧倒的に有意であるという率直な感想が出されました.特に,社内技術報は,自分たちの技術が社内で認知されていく機会となり,やりがいも大きいということでした.
しかしながら,自分たちの技術を市場に出していく場合,社内報だけでは独善的となり,学会誌論文になれば,学会でお墨付きをもらった,いわば認証された技術になるので,論文投稿は,マイナスの面ばかりではないということでした.さらに,開発部門とユーザとの共同作業で論文を執筆すると,結構,新たな発見をする場合があり,お互いを確認し合って情報共有できる,いい機会になったということでした.あと,研究所には,キャリアパスと関連づけて論文を投稿する人もいるかと思うが,事業部門にはそのような人はほとんどいないということでした.
人工知能学会におけるシステム開発論文の状況について紹介しましたが,事業部門の方々から,このような座談会に参加するだけで,かなり意識改革されたという感想を頂けました.
幸い,本学会では,神沼先生を中心に,情報システム論文の発表を促進するためのワークショップが続いており,情報システムの論文投稿について,実務家の皆さんとの交流が始まっています.情報システム論文を増やしていくには,まずは,このような交流を地道に続け,意識を共有していくことが重要であるように思えます.