情報システム学会 メールマガジン 2009.3.25 No.03-12 [5]

連載 著作権と情報システム 第1回

司法書士/駒澤大学 田沼 浩

プロローグ

 中世以降のヨーロッパでの活版印刷術の発達によって大量の印刷・出版が可能となり、紙という媒体を通してこれまでより大量の情報が広範囲に流通を始めた。このような印刷術は原作から大量の複製物を可能とするものであり、当然勝手に複製物をつくる者も現われた。新たな作品を制作する場合だけでなく、古典などの作品を翻訳する場合にも、資金や時間を費やさなければならない。著作権はこのような複製させないために国家などから経済的な独占を法的に付与される出版特許制度から始まった。ホッブス、ロックやルソーにより主張された社会契約説によって、その後発生したイギリス清教徒(ピューリタン)革命、アメリカ独立戦争、フランス革命、ドイツ三月革命など17〜18世紀のブルジョア (市民階級) 革命が近代資本主義による近代国家へと向かわせて行く。ブルジョア革命が市民に「思想・信条の自由」、「言論・出版の自由」をもたらし、自然権のひとつとして著作権が論じられるようになった。その中で、国家による権利管理から言論の検閲に繋がる「方式主義」は否定され、「無方式主義」が採用されることになる。また、経済的な利益への偏重から18世紀に独仏で広がって精神的所有権論が重視されることで、著作者人格権を著作権の概念に取り込み、その考えが現在の著作者人格権の基礎となっている。また、勝手に複製物をつくる者を放置すれば、その情報だけではなく、そこから生まれる産業などの芽を摘むことになる。著作者の権利としての著作権は所有権のように自然発生的に生まれた権利であるが、産業革命以後から国家により政策的に認められてきた権利として、創作を誘因するために与えられたものと解く説も有力となっている。独仏法では著作者人格権における類型化が進み、英米法では財産権の側面がその中心となっている。

 一方、各国家間における二国間の条約では自国の著作物を十分保護できないため、1886年多国間条約である文学的及び美術的著作物の保護に関する「ベルヌ条約」が締結される。「内国民待遇の原則」や「無方式主義」、「著作者人格権の保護」などが代表的な効力である。プログラムに関しては、1994年4月世界貿易機関の設立のためのマラケシュ協定の附属書1Cに「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)、通称TRIPS協定」がある。同協定は、コンピュータ・プログラムとデータベースのベルヌ条約の適用(文学的著作物として保護)やコンピュータ・プログラムの商業的に貸与することの許諾権などが定められている。

 明治2年の出版条例により始まる日本でも明治26年の版権法の制定による登録制への移行、ベルヌ条約を前提とした明治32年著作権法の制定によって、欧米と大きく変わらない制度へと変化していく。著作権法は昭和45年に全面改正されて現在の著作権法の体系となる。昭和60年コンピュータ・プログラムが著作物の例示に加えられ、昭和61年の改正にはデータベースを編集著作物として明文化された。プログラムの創作年月日の登録制度は、昭和61年「プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律」によって制定された。知的財産基本法には、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)を「知的創造物についての権利」として著作権も特許権も保護されている。そして、平成13年の特許審査基準の改定と平成14年の特許法改正によってソフトウエア関連発明が特許として認められることになった。平成21年1月5日の日本経済新聞にはソフトウエアを保護対象に追加することが検討されていると報道されている。ただしデットコピーから守る場合は、現在の特許法より著作権法の方が利用しやすいなど使い勝手の良い詳細な法整備が必要になるものと思われる。

 ソフトウエアはプログラムだけではない。マニュアルもフローチャートも著作権法において広い意味で、ソフトウエアとして保護すべきものとして扱われる。著作権法にはプログラムの定義はあるがソフトウエアの定義はない。そして情報システムについても著作権法に定義はない。たとえばソフトウエアであっても、著作権の要件を具備していなければ保護の対象にはならない。見方を変えれば、ソフトウエアを著作権法によって保護しようとする場合、プログラムでなくても著作権の要件さえ具備していれば保護されることになる。

 著作権は特許権のように新規性や進歩性を要件とはしておらず、フェアユースも認められていることから特許権のような独占性もない。技術的な要素が多ければプログラムの中でも特許権として認めるべきものがないとは言えない。一方で特許権のような独占性を考える必要もないプログラムも存在する。
 ベルヌ条約による著作権の「無方式主義」は言論の自由を前提としたものであるが、これだけ高度なネットワークが発達した社会においては、日本でもコンテンツやプログラムの商用化よる新たな産業育成が急務であり、そのためにも私は、ベルヌ条約批准後も著作権の方式主義を維持する米国と同様に、著作権の登録制度の整備をはかる必要があるものと考えている。そして、コンテンツやプログラムなど著作物を産業財として広く組織的に流通させるため、著作物の著作権を登録機関に登録させることを研究すべきものとも考えている。情報資産を保全するためにどのような登録システムを作って行くべきかということが課題となる。クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)が運営するコンテンツにかかる無料のライセンス取得もそのひとつである。著作権等管理事業法に基づくJASRAC(日本音楽著作権協会)のような機関も音楽著作権という情報資産を流通させる一翼を担っている。

 次号以降は、少しテーマを絞りながら、著作権と情報システムについて述べて行きたい。

引用・参照文献
 著作権法概説第13版、半田正夫著、法学書院、2007年
 著作権法、中山信弘著、有斐閣、2007年
 著作権保護期間、田中辰雄・林紘一郎編著、勁草書房、2008年