情報システム学会 メールマガジン 2007.5.25 No.02-02 [5]

図書紹介

「ビジネス技術 わざの伝承――ものづくりからマーケティングまで」

 柴田亮介著 四六判・260頁 定価1,980円(税込み)
       日外アソシエーツ,2007年5月刊
 第1章 対談――響きあう伝統芸能とマーケティング 園田榮治,柴田亮介
 第2章 まなぶ,まねぶ――伝統芸能にみる知恵
 第3章 まなぶ,きわめる――ものづくりからマーケティングまで
 第4章 まなぶ,のこす――メソドロジーの開発
 第5章 企画・設計メソドロジーの具体例

以下に、著者の柴田亮介氏より当書籍に関して寄稿していただきました。


 企画(設計、開発、編集などを含む)という仕事は重要で難しいわりに、社会や企業で評価されていません。企画は案ができてしまうと、それを当然のこととしてその後の仕事が続きます。仕事が終了して打ち上げる際には、企画者に声がかかることは稀です。なぜなら、企画はかなり前のことで皆の頭の中から忘れ去られていることが多いのです。そのような存在、役割としか評価されていないことが残念です。そして、再び新しい企画の仕事がきます。企画がなければ何もスタートできませんから、依頼者は平身低頭してきますが、のどもと過ぎれば・・・・・、忘れてしまうというような扱いをうけます。どうしてこのように企画者の立場、社会的地位は低いのでしょうか。

 企画はいつも新しい仕事です。ですから、マニュアルというようなものはありませんし、必要がありません。しかし、いつも企画をゼロから始めているということも疑問に思っていました。企画の上位の概念、構造システムがあるのではないか、ということです。私が電通の3年目に担当したMAPシステムの開発を思い起こしてみますと、それはまさに企画のための計画システムであったのです。MAPとは、Marketing & Advertising Planning Systemの頭文字を取って付けられた、マーケティング体系に位置づけられた広告計画の立案作成のシステムです。MAPシステムに沿って計画していくと、どんな広告計画も作成できるという画期的なものでした。若い人たちにとっては実に心強い味方となって広告実務の向上に大きな働きがありました。しかし、ベテランにとってはそれまで培った自分のノウハウが否定されたように映ったのでしょうか、多くのベテラン企画者が反発をもったことも事実です。また、MAPシステム自体もまだ荒削りであったことも反発の原因であったと思います。社内では、その後社員教育に使われつつも次第に誰もMAPという言葉も口にすることがなくなり、皆から忘れ去られていきました。今思うと、MAPシステムを時代の変化や要請に先駆けて改良、発展
させていれば、電通、いや広告界・産業界の大きな財産になっていたのではないかと思っています。

 それでは企画のノウハウ、わざをどのように発展させ、次世代へ伝承していったらよいのでしょうか。ものづくりのわざに比べて企画のそれはわかりにくいという弱点をもっています。ものづくりの製造工程には型があり、製品は力強く<わざ>を表現しています。一方、企画のアウトプットは多くの場合、紙やコンピュータの画面上に表されるだけなので、その働きや効果がみえにくくその<わざ>を理解することは難しいでしょう。また、出来上がった企画書を見ると、これなら自分にもできそうだ、と簡単に思う人もいます。これはコロンブスの卵です。企画の仕事は個人の能力に負うところが大きく
て、その難しさや苦労を他の人が理解し触れる機会ことが少ないが原因の一つではないでしょうか。

 能の芸を後世に伝えようとして世阿弥が書き表した"風姿花伝"は、優れた指導書です。「能の本質は<花>である」と明快に表現し、芸の頂上へたどり着くための心構えを表していますが、企画の仕事にも十分参考になることがたくさんあります。そして、指導書としていたずらにこまごまと書き連ねるのではなく、役者の態度、心構えという役者の根本を押えているのが特徴です。ものづくりに比べ企画は、その土台となる<型>をもっていないことが指摘できます。日本の古典芸能は400〜500年にわたって至高の芸を伝承してきました。その伝承の基盤は<型>です。師は型を通して弟子を教え、弟子は師の教える型をまねることから修行が始まります。弟子は、教えられた型が充分自身に身についたとき、改めて自分の型を新しく創造する修行に向かいます。多くの名人、達人の舞台や稽古をみて、自分の芸を磨かねば一流の芸達者にはなりません。企画の<わざ>を深耕し、発展させるためにも、<型>の開発が欠かせません。丁度、MAPシステムは、企画の<一つの型>に相当すると思います。次世代に企画の<わざ>を伝承するためには、古典芸能が培ってきた伝承のための創意工夫に多くのことを学ぶ必要があります。

 風姿花伝は、能の芸を伝承する<型>の役割を担っています。この型は、時代を超えて観客の期待にこたえるために"融通無碍"に変容していく広い意味での型、つまり型であって型でない、といえます。まさに、伝承のための<型>は、日本人的な感覚で大きく捉えるべきでしょう。風姿花伝は、能芸の頂上へ向かうための考え方(心構えを含む)と方法を体系化し、その内容を問答形式などによってわかりやすく説明しています。これに加えて常に新しい感性と工夫を組み入れるように厳しく教えています。私は、風姿花伝はマニュアルを超えたメソドロジーだ、と思います。建築、教育、出版、営業、マーケティング、システム開発など、個人の<わざ>が大きく働く仕事には、メソドロジー開発が欠かせないと思います。いつも問題解決がゼロからスタートしているようでは、各分野におけるわざの深耕、発展ができないばかりでなく、これからの社会ニーズや市場競争の要請にこたえていくことはできない、と思うからです。

 この本で紹介しているのはメソドロジーの原型であり、マーケティングリサーチ プランニングについてはさらに具体例を挙げメソドロジーのイメージをはっきりさせようと試みました。私は、各分野でメソドロジーを応用開発していくことを提案します。この本がきっかけとなって、本格的なメソドロジー議論が沸き立つように期待しています。

2007年5月 柴田亮介