一般社団法人 情報システム学会
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情報システム
情報システムの歴史的変遷
著者:佐藤 敬
 
 それぞれの情報システムは,それに期待する社会的なニーズと,その実現のために必要な情報技術の進歩とが相まって,出現したことを考えると,時系列的に情報システムの進展を概観してみることは有意義なことである。

(1)EDPシステム
 日本における情報システムの歴史的な変遷を振り返ってみると,まずは企業における効率化(省力化)のために,機械的機構を中心とした「狭義の情報システム」が開発された。情報システムの当初の目標が企業における効率化(省力化)であったことは,企業が取り扱う情報の量が多くそのための人件費が膨大であったことと,その当時は機械的機構にかかるコストが高く,それを負担できるのは企業(しかも大企業)に限られていたためである。これらはEDP(Electronic Data Processing)あるいはADP(Automatic Data Processing)とよばれ,1950年代に企業の経理や給与計算などの間接部門のバッチ処理を対象に始められた。

(2)オンラインシステム
 1950年代の後半にはそれまで個別に行われていたコンピュータ処理をオンラインで統合処理するIDP(Integrated Data Processing)の時代となり,処理形態はオンライン処理に移り,対象も生産管理など直接部門に拡大されていった。また実時間(リアルタイム)処理による機器制御がすすんだ。
 1965年には当時の国鉄において前年に開通した東海道新幹線を含む座席予約システムが稼動し,大規模なオンラインリアルタイムシステムのさきがけとなった。その後,銀行オンラインシステムなどと並んで,情報システムの対象が「もの」から「サービス」へ,また情報システムの利用者(受益者)が企業だけではなく,社会さらに個人へと進むこととなった。この時期,バッチ処理に対応する処理方式して,個々の伝票が到着するたびにその場で処理をするトランザクション処理,オンラインで多数の利用者が同時に利用するためのタイムシェアリングシステム(TSS),そして利用者の指示を待ちながら会話的に仕事を進める対話型処理が確立された。

(3)経営情報システム
 1967年に米国の進んだ経営情報システム(MIS:Management Information System)の実態が日本に紹介されたことを契機に,1970年代にかけていわゆるMISブームがおこった。経営情報システムは大量のデータを集計して経営の各層に瞬時に提供するものであって,オンライン処理やデータベース技術が用いられた。
 さらに1970年代になると経営意思決定支援を行う情報システムの構築が行われるようになった。これは意思決定支援システム(DSS:Decision Support System)とよばれ,経営情報システムの機能の一部であるが,特に対話型で試行錯誤を繰り返しながらアドホックに利用する形態を特徴としていた。

(4)オフィスオートメーションとエンドユーザーコンピューティング
 1970年代後半ごろからオフィスの生産性向上を目指すオフィスオートメーションが盛んになり,いわゆるOAブームがおこった。これを支えた情報技術はパソコン,オフコン,ワードプロセッサーなどのOA機器と,データ管理(表計算,データベース),文書処理(ワープロ,DTP:Desk Top Publishing)などのソフトウエアであった。
 ことに1970年代の終わりから1980年代のはじめにかけて,パソコンの低価格化・高性能化が進んだことが,情報システムを大きく変える契機となった。この時代から,従来は企業の情報システム部門の専門家のみが行っていた情報システムの開発・運用の一部を情報システムの非専門家であるエンドユーザー部門が分担することとなり,いわゆるエンドユーザーコンピューティング(EUC:End User Computing)時代の幕が開いた。すなわち,企業情報システムでの人的機構の構成に変化が現れたのである。

(5)戦略情報システム
 1980年代後半から90年代初頭にかけて経済環境が厳しくなり企業間競争が激化すると,同業他社との優位性を確保するために,戦略情報システム(SIS:Strategic Information System)の重要性が高まり,いわゆるSISブームが起こった。情報システムが企業の競争戦略を支援するために使われるようになったのである。

(6)ネットワークとインターネット
 1990年代になると,組織内のコンピュータシステムの構成は,特定の機能を持ったサーバとLAN(Local Area Network)で結合されたエンドユーザー側の多数のパソコン(クライアント)からなるクライアントサーバシステムが主流となってきた。さらに従来は接続されていなかった組織外や国外の多数のコンピュータがネットワークを介して組織内のコンピュータとつながることになった。また,パソコンやモバイル機器の低価格化や通信費の低下により,スモールオフィス,ホームオフィス,あるいはモバイルオフィスなどテレワーク(telework)と呼ばれる新しい勤務形態が実現し,ワークスタイル自体が変化することとなった。これら企業内外のネットワーク化により,個人だけでなく複数人の情報共有が実現し,それを支援するグループウエアやワークフローなどのソフトウエアも充実した。
 インターネットは,形からいえば巨大なネットワークにすぎないが,情報システムの側面からはきわめて重要な意味を持っている。1990年代の商用プロバイダーによる接続サービスの開始によって,インターネットは一般の人々に爆発的に普及した。これは,ネット社会のはじまりを示しており、情報システムのあり方にも大きな影響をおよぼした。
 たとえば,電子メールやWebは,組織内あるいは組織間のコミュニケーション・システムを変容させたばかりではなく,組織外とくに企業と消費者の間にあらたなコミュニケーション・チャネルを創りだした。そしてこうしたチャンネルは,オンラインショッピングやネットオークションなど新しいビジネスモデルの創造を可能にしたのである。さらに,90年代後半の携帯電話の普及,とくに1999年のiモードの登場は,インターネットを介したコミュニケーション・スタイルに新たな変化をもたらした。

(7)行政情報システム
 官公庁や地方自治体における行政情報システムも当初は企業と同様に省力化のためのEDPシステムとして始まったが,1994年12月に制定され,1997年に改定された行政情報化推進基本計画によって,いわゆる電子政府・電子自治体構想がスタートした。そこでは行政情報の電子的提供,申請・届出などの手続きの電子化,ワンストップサービスなどが目標とされている。2002年8月にはその一環として住民基本台帳ネットワークシステムが稼動し,2003年8月からは全国どこの市区町村でも住民票の写しを取得できるようになった。

(8)情報通信基盤と国家戦略
 情報システムはこれまでそれを必要とする企業,官公庁,自治体などの組織が中心になって開発されてきたが,情報のネットワーク化,とくにインターネットの進展に伴って,情報システムの整備は国家的な重要戦略となった。これらの情報システムの実現には国内,国外の情報通信基盤の整備が不可欠である。そのためには1996〜97年にかけて当時の米国クリントン大統領,ゴア副大統領らが中心となって提唱した全米情報通信基盤(NII:National Information Infrastructure) およびインターネットを中心とした世界情報通信基盤(GII:Global Information Infrastructure)の構想の実現が望まれる。その一環としてクリントン政権下の米国商務省は,1997年7月に「電子商取引の世界化構想」(Framework for Global Electronic Commerce)を発表している。わが国の動きはこれに遅れたが,2000年11月に「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(通称「IT基本法」)を制定し,首相を本部長とする高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」(通称IT戦略本部)を設置した。このIT戦略本部はIT基本法の理念にのっとり,2001年3月に「e-Japan戦略」を策定した。そこでは重点政策分野として,
 1.世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成
 2.高度情報通信ネットワークの安全性,信頼性の確保
 3.電子商取引等の推進
 4.行政・公共分野の情報化
 5.教育・学習の振興と人材の育成
の5つを挙げている。「e-Japan戦略」は2001年から5年以内にわが国を「世界最先端のIT国家」にすることを目標としているが,この5つの重点分野はいずれも広義の情報システムの実現に関わるものといえる。

(9)情報システムの変化の方向
 以上述べてきた情報システムの歴史的な変遷を要約してみると,機能的には効率化(省力化)から,問題解決支援,さらに知的創造へと進んできた。また,情報システムの利用者(受益者)としては,企業から社会へそして個人へと変化してきた。また,規模的には単独システムから複合システムへ,さらにネットワーク化,国際化へと進展している。
佐藤敬(2003)“5.16 情報システム
『情報社会を理解するためのキーワード :2』培風館 [85-95]から出版社の許可を得て転載します。
本稿は,情報システム学会会員である,佐藤敬氏の著作であり,学会の統一見解ではないことをお断りします。
 
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