社会システムデザインとは何か

――先端課題解釈へのアプローチ――

横山 禎徳氏
(社会システム・デザイナー)
 

<社会システムデザインとは?>

私は、自分を「社会システム・デザイナー」と称しております。当初は建築というハードなもののデザインをやっていましたが、マッキンゼーでは、常に変わっていく組織というもののデザインをやるようになりました。やがて、企業の組織をデザインするということは、システムをデザインすることであると考えるようになりました。例えば、計画を立てるシステムや、業績評価のシステム、人事考課をするシステム、人を育てるシステムなど、システム・デザインとは、組織デザインの中核であり、ダイナミックなプロセスであります。その後、マッキンゼーを離れてからは、システム・デザインをもう少し広げて、「社会システム・デザイン」というものを考えはじめ、その方法論などについてようやく考えがまとまってまいりましたのでお話する次第です。

私は、人間がつくったシステムのなかで、もっとも複雑でソフィスケイトなシステムは「都市システム」であると考えています。なぜなら都市には7000年の試行錯誤と洗練の歴史があり、なにより自己調節能力をもっているからです。それに比べて情報システムはまだなにかと面倒をみてやらなければならない子供のようなものでしょう。ダイナミックなプロセスは、どこまで設計し、どこを自由に任せるのかバランスがむずかしい。「社会システム・デザイン」とは、ハードウェアのデザインではなく、オペレーティング・システムのデザインなのです。

日本の「社会システム・デザイン」の大成功例は何でしょう?・・・森林です。世界中の殆どの森林は、消えていっている。日本も16世紀まで消えつつあったのを、徳川幕府がシステムをつくって、完全に保存し、育成し、現在でも国土の74%が森林の国となっています。これらは、殆どがつくられた森林であります。システム作りの遅れた隣国の中国では森林の面積が10%前後まで落ちています。このように「社会システム・デザイン」の発想は大事なのです。

<社会問題のとらえかた>

例えば、日本の住宅問題とは何ですか?日本の住宅の数は、世帯数より多い。持ち家で比較すれば日本の住宅は小さくない。平均的平米数では、イギリス・フランスより日本のほうが大きい。140平米を超えています。品質、総個数、広さというハードウェアの問題ではなく、オペレーティング・システム(OS)というソフトウェアの問題なのです。戦後、日本が推進した持ち家制度の結果、70%の持ち家が実現しました。しかし、すでに寿命の尽きた戦後の持ち家政策の継続が悪循環を作り出しています。持ち家政策の継続は、皮肉にも消費者満足度の未充足を生じさせ、住宅ストックの多様性という「質」の欠如も生み出しました。

<“社会システム”の定義>

学問的厳密さはありません。私は、実践的有効性を重視し、社会システムを「エンドユーザーへの価値提供システム」と定義します。それらは産業横断的であって、縦割りの「産業立国」論とは違います。社会システムには、情報通信システムのような技術ロジックによるものと教育システムのように価値観の影響するシステムがあります。こうした議論は、社会学者の人間社会を総体として扱う「社会システム論」とはずいぶん異なります。そこではシステム形成の初期条件が問題となりますが、最近よく言われる自己組織化(オートポイエーシス)は、社会システム自身が初期条件を決めるというもので、トートロジーとなっており、学問としては面白くても実際的な効果は認められません。

日本には、すでに“医療システム”、“金融システム”、“産業廃棄システム”など多様な「社会システム」が存在しているのですが、今後も新たなシステムが数多く出現すると思います。そこではどのようなシステム間のネットワークをつくるのかが大事であり、デザイン可能なサイズに社会システムを収めようという発想が重要です。

<“デザインする”とは何か>

デザインとは演繹的でも帰納的でもないし、まして学問でもない実践的なスキルであります。唯一の方法論は、エモーショナルな果てしない繰返し作業です。学者のように「観察して説明する」のではなく、「我、神に代わりてデザインす」という強い意志が必要です。また、優れたデザイナーというのは、多様な価値観を持った相手に説明し納得させる言語表現能力も優れている。しかし、言語能力が優れている人が、優れたデザイナーかというと、そうとはいえないと思います。「デザイン」は訓練なしにはできないので、優秀なだけではだめであり、訓練こそ大切なのです。

<「社会システム・デザイン」の手法>

「社会システム・デザイン」の手法は、次の5つのステップで進みます。 1.分野に内在する悪循環を定義する。 2.良循環を発見しシステムを定義する。 3.良循環を支えるサブシステム群を抽出する。 4.サブシステムごとのフローをデザインする。 5.必要に応じてツリー状に細かくデザインする。

<重要となる二次市場>

「成長」と回転による「拡大」との違いは何でしょう。経済効果という観点からは違いがありません。特に付随ビジネスの創造は、流通・回転市場である二次市場にあります。一次市場より二次市場がITを使いこなしています。金融市場の主流は証券化市場や株式市場のように二次市場であり、二次市場が発達しないでIT市場はありえない。最近のベンチャーやIT企業は、ほとんどが二次市場相手です。二次市場の回転を通じて価格を維持し付加価値がとれる仕組みがつくれるということもあります。これもシステム・デザインの一部です。

しかし、二次市場は監督が難しいということもあり行政は育成に積極的ではない。日本は、もっと二次市場を通じた良循環作る必要がある。良循環をデザインした後はそれを支える、あるいは「駆動するモーター」としてのサブシステム群をつくればよいのです。

<社会システム的課題の発見>

官・民とも「エンドユーザーへの価値提供システム」再構築(デザイン)能力が問われています。日本は、世界第2位の経済大国となった1968年に常にアメリカを気にすることで思考停止しているのです。それに気がつかないのは、「官僚の無謬性」神話があるからです。失敗を失敗といえない体質なのです。キャッチ・アップの時代が終わり、先例のないことを企てるには失敗したことをやり直させてくれといえる官僚組織でなければならない。

これからは、官僚にも“デザイナー・メンタリティ”が必要です。政策提言のバージョンアップがありうる時代となっているのです。生産性の低いのは就業人口の90%を抱えている国内市場向け産業であり、生産性を高めるだけではだめで、国内の需要を高めなければなりません。実際は、“効果をあげると効率があがる”という良循環をみつけることによって、需要創造ができるというところまでいかない限り答えになりません。今やるべきことは、需要創造であって、産業振興ではないのです。新たな消費振興することは、効果をあげることであって、効率を高めることではないのです。

つまり、品質保証では不十分であり「価値保証」することが、新たなサービスの発明と需要創造につながるのです。「価値保証」すると顧客満足度が上がり、リピート顧客が増える。リピート顧客が増えるということは、新規顧客獲得よりコストが安いから生産性が上がり、利益率が高まるということになるのです。

1955年に官僚が発想し1961年に制定した国民皆保険は、貧富の差のなく安価な医療で健康回復・維持ができる等、よいシステムですが、当時就業人口の40%あった農林水産業従事者は、2003年には5%となっている。こうした感染症中心の“医療システム”のように発展途上国時代の「社会システム」は生活者の要求変化に合わせてデザインのやり直しが必要になります。これからは、優秀な官僚を「マスター社会システム・デザイナー」に訓練しなければなりません。

<補遺:これからの「社会システム・デザイン」のテーマ>

日本はすでに世界の「課題先進国」です。日本の問題を解決できれば、日本は、世界最先端の課題解決ができることになります。今最も重要なことは、人類にとって未経験である「超高齢化社会」を経営する体系の確立です。「超高齢化社会」とは、年齢不詳化の時代であり、カーネル・サンダースのように75歳でも起業できます。これからは、発想をかえて、寝たきり老人起こして「起きた老人」にするだけではなく、目的と責任感をもって動き回って、達成感を持ち得る高齢者に変えていく仕組みを考えることが新しい「社会システム・デザイン」となるのです。

ほかにも産業振興でなく消費振興で考えると、「二箇所居住システム」を通じて「人生は一回だが生活は二つ」のライフスタイルを広めるほうが新たな市場を創出することや、リピーター型外国人、特に中国人「短期滞在者」を拡大するために、単なる熱烈歓迎ではなく、団体旅行に始まり、買い物旅行、そして別荘保有までのマイグレーション・パス・デザインをすることが必要なのです。そうしないと外国人は、リピーターにはなりません。

日本は今や「課題解決先進国」になりうる立場にいます。世界史上初めて出現した「覇権主義でない大国」日本こそ、「社会システム・デザイン」を基盤にして世界に「Thought Leadership」を大いに発揮すべきと考えますが、いかがでしょうか。


文責:中嶋 聞多(信州大学 人文学部)