情報システム学会 メールマガジン 2013.1.25 No.07-11 [12]

連載 オブジェクト指向と哲学
第25回 流出システムと波動システム

河合 昭男

 心に働く力を考えています。山本義隆著「磁力と重力の発見」[1]は、重力という身近な力が発見されるまで人類はいかに長い年月をかけてきたのかという歴史を、実にじつに多数の文献を元に詳細にまとめられており著者の熱意に圧倒されます。磁石という不思議な石や、琥珀が籾殻を引き寄せる現象は古代ギリシャ時代から知られていましたが、重力というものはあまりにあたりまえすぎて長い間興味の対象にすらならならなかった。りんごが木から落ちても誰も何も感じない...

人と人の間に働く力
 著作内容は当然ながら人の心に働く力や行動は対象範囲外ですが、読み進める内にイメージが膨らんできます。古来、物理的な力の源は物活論と流出説で議論されてきました。「人ともの」あるいは「人と人」の間に働く力もこの2つの原理で考えてみるとどうなるかと思い立ちました。前者は前回少しですが考えたので、今回は後者について考えます。

 物活論という表現は無生物な「もの」にも人のように霊魂が宿っているという考え方で、人に物活論を適用するという表現は本末転倒なので霊魂説とします。霊魂は、ギリシャ語「プシューケー」(psyche)の訳で「精神」「魂」「心」などの訳があります。

 人は何かを発信し、他の人はそれを何らかの方法で受信します。人と人が対面しているケース1と、離れているケース2に分けて考えます。

ケース1:対面しているケース
 ごく近い距離での1対1の対話、会議など複数人での話し合いあるいはやや離れた1対多の講演形式のケースがあります。共通点は、まず口を使って言葉で話します。身振り手振りなど体全体で強調します。相手の目を見て訴えます。口、身体、目を使って発信します。

 相手側は五感「視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚」で受信します。感覚器官は「眼、耳、鼻、舌、身」ですが、直接対面ケースではほとんどが眼と耳です。匂いもありますので近距離なら鼻も働きます。舌と身体は直接接触による感覚器官であり、前回から考えているのは離れたものに作用する力なので外します。

 これらの感覚は素朴に流出説で考えることができます。口から流出してきた言葉が相手の耳に流れ込む。眼から流出してきた何かと身振り手振りで身体から発散される何かが相手の眼に流れ込む。身体から流れ出てきた匂いが相手の鼻に流れ込む。

 感覚器官に流れ込んで何が起きるのか、例えばソクラテスなら眼に流れてくるもので色を認識するという。磁石と鉄なら流出物の鎖で引き寄せる力となるという流出説による引力の説明がある。人の感覚器官に流れ込んできたものはそれぞれの器官で感覚され、その情報はそこから更に心に流れ込んでゆくものとここでは素朴に考えます。

流出システムと波動システム
 霊魂説は肉体に備わる五感とは別の第六感の範疇になります。発信者の心から出ているものは多くは口・眼・身体を通して発信されますがすべてではありません。流出物は耳・眼・鼻で捉えられますが、流出物以外に心から直接発信される波動は相手側の心で直接捉えられます。心から出るのは流出物ではなく波動です。そう考えます。つまり人は原理の異なる2種類のコミュニケーションシステムあるいは通信システムを駆使しています。流出システムと波動システムと呼ぶことにします。

図1 流出システムと波動システム
図1 流出システムと波動システム

アリストテレスの霊魂論
 万学の祖アリストテレスの霊魂論は次の一節で始まります。
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 知識を得ることは美しく価値あるものに属しているが、厳密であるという点か、一層よいもので一層素晴らしいものを対象とするという点において、知識のあいだには優劣があると私たちは考えるから、この両方の点で、心に関する研究に第一級の地位を与えるのは当然のことだろう。そしてまた、心を認識することは真理全体に対して大きく寄与するが、何よりも貢献するのは自然との関係のように思われる。というのは、心はいわば生物の原理だからである。[2]
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 ちなみに同書には磁石についてと思われる一節があります。
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 タレスも、人びとが記録しているところからすると、つまり、もしもかれが鉄を動かすという理由で石も心をもつと述べたとするならば、心を何らかの動かすものであると考えていたようだ。[2]
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 万有引力が発見されるまで遠隔力は魔術の領域と考えられ、デカルトの機械論にも遠隔力はなく、力は直接的なものを媒介として伝達されると考えていました。例えば、惑星の運動は宇宙空間に充満しているエーテルが太陽の自転で渦巻きとなり、それに引き込まれて惑星は太陽の周りを公転するというような考えもありました。このあたりの歴史的な議論は[1]第3巻に詳しく解説されています。
 皮肉なことに万有引力も磁力も魔術が研究対象としていた、機械論で認められていなかった、「遠隔力」が結果的に復活した形になりました。

心と力
 図1の説明に戻りますが、人は流出と波動という2つの通信システムを持ちます。流出物は直接相手の感覚器官に流れてゆくので遠隔力ではありません。この図は単に何かの情報を伝達しているだけでそこから起きる力の説明はしていません。しかし心は人の行動原理であるので、相手の心に何かが伝わればなんらかの行動につながってゆきます。これは両者の間に直接作用する引力や斥力とは限らず、違う場面での行動につながってゆきます。人の行動は不思議です。人は「もの」のように単純ではありません。

 「ケース2:離れているケース」は次回とします。こちらは人と人との間の媒体が問題となります。媒体を経由することにより直接対話とは情報伝達の方法が変化し、流出システムと波動システムももう一度考え直します。

【参考書籍】
[1]山本義隆「磁力と重力の発見」みすず書房、2003
[2]アリストテレス、【訳】桑子敏雄「心とは何か」講談社、1999


ODL ObjectDesignLaboratory,Inc. Akio Kawai