情報システム学会 メールマガジン 2012.9.25 No.07-07 [9]

連載 情報システムの本質に迫る
第64回  「基礎情報学入門」 ―教科 「情報」 改革への視点(承前)

芳賀 正憲

 西垣通著『生命と機械をつなぐ知 基礎情報学入門』(高陵社書店)では、第1、2章の「情報」「システム」につづき、後半の第3、4章で「メディア」「コミュニケーションとプロパゲーション」について論じています。
 西垣教授によると「メディア」とは、「意味解釈の揺れを抑制し、できるかぎり正確に社会情報の意味内容を伝達するための媒介手段」です。基礎情報学ではメディアの機能を、2つの面に分けてとらえています。第1は、機械情報の流通範囲を拡大する機能で、「伝播メディア」と呼ばれています。郵便、新聞、雑誌、書籍、電信、電話、ラジオ、テレビ、インターネットなどが該当します。近年多くの伝播メディアが、インターネットに統合されつつあります。
 メディアの第2の機能は、伝播メディアを利用して社会情報を論理的/感性的に媒介する機能で、コミュニケーションの意味的なつながりを整え、これを成立させる役割を担っています。

 この第2の機能を果たすメディアは、理論社会学の分野で「成果メディア」と呼ばれていて、情報現象をシステム論的にあつかう上でも不可欠の概念です。特に記号が氾濫している現代社会では、意味の変質/逸脱やコミュニケーション断絶のリスクを防ぐため、ある意味領域を象徴しコミュニケーションを導いていく、成果メディアの働きは重要です。
 成果メディアの例としては、「真理」「貨幣」「権力」「愛」などが挙げられます。成果メディアに応じて社会的な「階層的自律コミュニケーション・システム」(HACS)が成立しており、真理には「学問システム」、貨幣には「経済システム」、権力には「政治システム」、愛には「家族友人システム」が対応しています。
 理論社会学者のニクラス・ルーマンは近代社会を、このように機能的に分化した社会システムの集まり、「機能的分化社会」としてとらえました。機能的分化社会は、狩猟採集時代、対面の音声コミュニケーションのみにより意味体験を共有しながら、ほぼ似通った活動をする家族や部族から成り立っていた「環節的分化社会」、農耕牧畜が発達して身分階級制度ができ、身分階級ごとにコミュニケーションが行われ、一部の階級で手書き文字によるコミュニケーションが発達したが、社会全体の意味伝達の逸脱防止は、支配階級の権威、特に神の権威によっていた「成層的分化社会」に引きつづいて成立してきたものです。

 成果メディアは、連辞的メディアと範列的メディアに分類されます。連辞的メディアは、コミュニケーションの時間的・継起的なつながりに関わり、範列的メディアはコミュニケーションの空間的・概念的なつながりに関わるものです。
 連辞的メディアは、「二値コード」と「連辞用プログラム」によって機能します。二値コードとは、あるシステムでコミュニケーションを成立させる基本的な区別を与えるもので、例えば、法システムの場合の二値コードは「適法/違法」です。連辞用プログラムは、二値コードによる区別の選択基準を与えるもので、法システムの場合は「法律」です。
 当然のことですが、1つのシステムには、いくつかの成果メディアが関わります。例えば経済システムに対応する成果メディアは「貨幣」ですが、「権力」や「愛」も環境条件として関わる可能性があります。

 範列的メディアとは、出版物や電子媒体図書など、情報の意味内容を「意味ベース」として社会的に記憶・貯蔵したもので、概念上の選択肢を提供し、コミュニケーションの成立を助けます。意味ベースは専門的な知識ベースと常識ベースから成り立ちますが、使用される文脈から独立した、抽象的・普遍的なものであり、時間的・空間的に安定しているという特質をもっています。
 しかし近年、知識ベースが膨大なものになり、現代人は自分を取り囲む現実世界のありさまを的確にとらえることがむずかしくなっています。この課題に応えるために、形成されてきたのがマスメディア・システムです。

 マスメディア・システムは、マス・コミュニケーションを構成素とする「階層的自律コミュニケーション・システム」(HACS)です。ジャーナリストなど少数の職業的送信者が、多数の一般受信者に、政治システムや経済システム、学問システムなど種々の社会的HACSの作動についての記述を伝えることにより、受信者に現実世界に関する統一的なイメージ(現実―像)を与えることが期待されています。その意味では、各HACSのコミュニケーションに関するコミュニケーションを実行するもので、階層的に人間の心的システム(下位)、社会システム(上位)に対して、最上位に位置づけられるものです。
 マスメディア・システムの成果メディアは「(時事)テーマ」で、二値コードは「人気/不人気」、連辞用プログラムは視聴率、発行部数などです。
 マスメディアにより、人々に共通の現実―像がもたらされることから、国民としての共同体意識が醸成され、マスメディアの発達は、近代国家の成立に深く関わりました。また、マスメディア・システムが最上位にあることから、他の社会システムはマスメディアの拘束/制約を受けますが、マスメディアの二値コードが「人気/不人気」であることで、社会システムに対して、一般の人々の意向の反映が一定程度できることになりました。マスメディアが民主社会にとってかけがえのない存在であるゆえんです。
 一方、一部の政治家や有識者、ジャーナリストの、まちがってはいるが一見魅力的な言説がマスメディアを通じて広く伝えられ、人々にその是非の判断ができないとき、それらの言説は増幅され、人々や社会システムを異常な方向に振りまわし、社会システムに破たんをもたらすことさえあります。マスメディアが社会に災厄をもたらす側面です。

 マスメディアに対してワールド・ワイド・ウェブは、インターネット上で展開される意味ベースの担体の一種です。プッシュ型のマス・コミュニケーションが、超―社会的なマスメディア・システムの構成素であるのに対して、プル型のウェブ検索で生成されるコミュニケーションは、ネット・ユーザ個人の心的システムの構成素です。全世界に広がるウェブの検索は、マスメディア提供の画一的な現実―像とは異なる新たな現実―像を、人々にもたらす可能性を開きました。
 2000年代の後半、いわゆるウェブ2.0により、ブログやツイッターなどミニ・ブログを通じて一般のネット・ユーザが広く自己表現をし、また他のユーザが書いたブログなども容易に検索して意見を交換し共感を得ることも可能になりました。これにより、さらに新しい現実―像の獲得が可能になりました。
 一般ネット・ユーザによる情報発信とウェブ検索ソフトの組み合わせから、集合知と呼ばれる新たな知の構築法も生まれました。「ウィキペディア」はその代表例です。ウィキペディアには、従来の百科事典より、新しい学説が紹介されているケースが多いという評価があります。一方、集合知におけるコミュニケーションは「真理」や「愛」という成果メディアによって導かれることを前提にしていますが、「貨幣」や「権力」を持ち込む人も現れるので要注意です。

 インターネット・システムも、心的システム、社会システムに対して最上位に位置していて、その構成素は、社会的コミュニケーションについてのコミュニケーションです。成果メディアもマスメディアと同様に「テーマ」ですが、二値コードは「刺激的/非刺激的」、連辞用プログラムは「評判」(アクセス数、リンク数)です。
 インターネット・システムによって形成されるオンライン共同体では、マスメディアに比べて一般市民の声がより反映されやすいとされていますが、マスメディアと同様、一部の人たちの偏った言説が増幅して広がる可能性は、重大な懸念事項として残っています。

 情報社会における意味内容の伝達・蓄積のダイナミクスは、ミクロとマクロの2つの相でとらえることができます。
 例えば、企業システムと社員の心的システムの場合、企業活動としてそれぞれのシステムが作動し、コミュニケーションが産出され、システムの内部では情報創出と意味構造の更新が行われています。これがミクロ相です。一方、社員の心的システムは、企業システムから経営理念の実現要求などの拘束/制約を長期的に受けつづけることにより、新人が社風を身につけるなど、変化していきます。他方、企業システムもまた、社員の心的システムの作動から影響を受け、価値観やイデオロギーなどの体系的な意味内容が相互に伝播していきます。
 このようなマクロ層における意味内容の伝播作用がプロパゲーションです。「文化」のような、きわめて高いレベルの成果メディアも、プロパゲーションによって形成されたと考えられます。

 一般的に、個々の心的システムや社会システムなど、あらゆるHACSは、行為や作動を通じて周囲環境と相互作用し、主観的に意味構造を形づくっています。同時に、他のHACSとも相互作用し、自らの観察記述をさらに別の観点から観察記述することにより、再帰的に世界を構成していっています。しかし、人間が不完全な知覚器官をもつ生物である以上、厳密と考えられている科学においてさえ、客観世界の様相を完全に認知し記憶していくことは困難です。
 基礎情報学の支柱をなす思想の1つに構成主義があります。「私たちは、唯一の客観世界を認知するのではなく、無数の主観世界を相互調整しながら生きている」という考え方です。

 基礎情報学がベースとする理論としては、オートポイエーシスともつながりの深い2次サイバネティクスも重要です。1970年代はじめに、米国の物理学者で数学者でもあるフェルスターが提唱した理論です。
 ウィーナーが提唱した1次サイバネティクスが、生物を機械モデルに還元して考察したのに対して、2次サイバネティクスでは、生物と機械との本質的な相異に洞察を加えたところに特徴があります。前者は、作動ルールが外部から与えられる他律システム、「観察されたシステム」を、後者は、作動や変容のルールがシステム内部で定まる自律システム、「観察するシステム」を取りあつかっていると言われています。
 生物システムは、行為や選択のルール自体をダイナミックに変えながら、環境の中での自己の行為/選択の結果を継続的に観察しつつ、安定した生存状態を維持しようとしています。これが情報の「意味作用」です。
 ルーマンは同じアプローチで近代社会をとらえ、機能的分化社会理論を提唱しました。

 個人の心的システムにおける学習や知識獲得に関しては、幼児の言語学習過程に典型的に見られるように、環境の中で個人が経験的抽象、反省的抽象をくり返しながら、主体的・経験的に概念を構成していくという構成主義の考え方が基本です。
 しかし今日、現実に社会で生きていくために必要な知識の総量に対して、個人が経験によって得ることのできる範囲は、きわめて限られています。学習は、多くの社会的なHACSで組織的に行なわれており、すでに膨大な知識ベースができ上がっていて、さらに増えつづけています。その内容は、個人ではほとんど理解不能であり、いきおいマスメディアやインターネットによる情報に依存しがちになります。
 一方、現代社会が直面している多くの課題を解決するには、多岐にわたる専門分野の知識の結集が必要です。しかし流布している専門知識にも誤りの可能性があります。
 解決策として西垣教授は、社会組織と個人の学習プロセスに相互作用的なフィードバック回路をつくることを考えられ、集合知を有力な策として提案されています。それと同時に、その活用には多くの検討が必要であることにも言及されています。
 マスメディアやインターネットの発達は、HACSの顕著な進化の結果と言えますが、偏った言説による弊害も指摘されています。これに対して西垣教授は、専門的なセカンドオピニオンの発信ができる多様なオンライン共同体が生まれることを期待されています。情報システム学会の「社会への提言」活動が、情報社会において必須の重要性をもっていることが分かります。

 基礎情報学のHACSモデルでは、現代社会の情報現象を閉鎖的かつ多階層システムのダイナミックスとしてとらえています。このテキストで注目したのは、人間の心的システム、社会組織システム、超―社会システムという3段階の階層関係で、この3階層のダイナミックスを通じて、思想や価値観のプロパゲーションがなされていくとされています。
 21世紀は、この過程にIT、特にインターネットの著しい発展が関わり、人間と機械の複合した社会的メガマシンの形成が予測されます。機械情報の氾濫に人間は対処がむずかしくなり、創造力や環境適応力の低下が懸念されます。生命情報にもとづく柔軟な意味伝播が起きるようなシステム的な仕組み、まさに情報システム学会の理念でもある人間中心の情報システムの構築が期待される状況です。
 ここで西垣教授はコンピュータを、その発展段階から3種に分類されています。
 最初に主流になったのは、大型コンピュータの内部で自己完結的に論理処理を行なうメインフレーム型のマシンで「タイプIコンピュータ」と名づけられました。1980年代以降登場したのが、人間と対話しながらの論理処理や、人間同士の対話の仲介ができる、パソコン、携帯電話などの「タイプIIコンピュータ」です。
 タイプIIコンピュータにより、柔軟性はかなり増しましたが、人間や社会組織における意味構造形成への支援はまだ不十分です。オートポイエーシスや機能的分化社会、2次サイバネティクス、構成主義、基礎情報学のコンセプトをベースに、人間の生命活動の活性化に直結する「タイプIIIコンピュータ」の開発を提起され、西垣教授はテキストを終えられています。

 高校の教科「情報」や大学の一般情報教育で学ぶべき情報学の基礎として、現代社会を多様な成果メディアに応じて成り立つ「階層的自律コミュニケーション・システム」(HACS)のダイナミックスとして説明された今回のテキストの出版は画期的です。基礎情報学は、情報システム学会が新たに提示しようとしている人間中心の情報システム学体系のベースとしても位置づけられるものと考えられます。
 基礎情報学をベースにした上で、現代社会で発生するさまざまな問題の解決と、適切なHACS設計の見通しを得るためには、高校や大学の一般教育で、このテキストに加えて、成果メディアとHACSの構成に関する次のようなエッセンスを学んでおくことが必要であり、また効果的と思われます。

 (1)多様な成果メディアに対応する並列のHACS群から成り立つ近代社会では、絶対的な価値基準が存在せず、社会/世界のありさまを相対的に、多様な見方で観察できるとされています。しかし人間にとって生活の維持はきわめて重要で、また企業も存続を図らなければならない以上、貨幣に対応する「経済システム」に関しては特別の考察が必要です。学問システムでさえも、経済的基盤に欠けるところがあれば、十分な機能が発揮できないと思われます。
 (2)システムの設計や問題解決においては、理想システムまたはそれと同等のモデルを考えることが必須です。ワークデザイン、構造化分析技法、旧ソ連で開発された創造的問題解決技術TRIZなど、代表的な設計法や問題解決法で、すべてこのプロセスが設定されています。
 (3)経済システムにおいて理想システムは、すでに2種類明らかになっています。中央集権的計画経済と完全分権化市場経済で、いずれも理論的には完全に機能し、最適状態をつくることが可能であると証明されています。しかし、いずれも情報システムが適切に機能しないため、最適状態になることはなく、破たんのリスクがあります。経済システムにおける情報システムのこの位置づけは、きわめて重要です。情報システムが適切に機能しないのは、人間の認知能力に限界があり、また、すべての人が善意で行動するとは限らないからです。
 (4)成果メディアに対応するシステムは、いくつかのHACSに分けられますが、分割の規準は、機能的な凝集度を高く、結合度を低くすることです。ここで凝集度を高くするとは、あるHACSに対し複数の機能を盛り込まないことであり、また1つの機能を複数のHACSに分けないことです。結合度を低くするとは、HACS間で情報のやりとりをできるだけ少なくすることです。よく知られていることですが、サブプライム問題は、もともと1つのHACSで行なっていた住宅ローンの融資機能を7つものHACSに分けて行なったため起きました。
 (5)いくつかのHACSを設定したとき、これらを開構造にするか閉構造にするかという問題があります。基本は閉構造にすることですが、閉構造にも弊害はあります。開構造では、各HACSが同一レベルで展開していて、コントロールが次々に移っていきます。そのため各HACSは、つねに他のHACSを意識しなければならず、その分だけHACS間の独立性が損なわれます。
一方、閉構造は、1つの親HACSに多数の子のHACSが接続する形になっていて、コントロールは親から子に移ったあと、必ず親にもどります。このため、子のHACS同士は他を意識する必要がなく、子のHACS間の独立性が確保されます。ただし、親HACSが介在した分、オーバヘッドが付加されます。旧ソ連の中央集権的計画経済は、流通する情報に歪みがあった上に閉構造化を徹底しようとして、オーバヘッドがあまりにも大きくなり破たんしてしまったと思われます。一方、サブプライム問題では、自由放任主義の下、開構造化が行き過ぎて各HACSの独立性が損なわれ、やはり共倒れになってしまったと考えられます。

 以上述べた内容は、一見むずかしそうに思えるかもしれませんが、高校の物理で学ぶ力学や電磁気学に比べて決してむずかしいものではありません。これらの知見を、高校や大学の卒業生が、常識として理解するようになれば、わが国社会の各成果メディアは、もっと円滑に機能するようになると思われます。

 この連載では、情報と情報システムの本質に関わるトピックを取り上げていきます。
 皆様からも、ご意見を頂ければ幸いです。