情報システム学会 メールマガジン 2012.2.25 No.06-11 [8]

連載 オブジェクト指向と哲学
第14回 学習パターンとSECIモデル

河合 昭男

 前回は、知識には表面的な形式知とその奥にある暗黙知があり、ソクラテスが追求している知識とはどうやら暗黙知らしいというお話でした。

 形式知は言葉で表現できるが暗黙知は言葉で表現できない。だから知らないとはならない。

 「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」[3]

 ではどうやって暗黙知を確認できるのか?それは実践できるかどうかです。実際に自転車に乗れるかどうかということです。

 大工は大工の知識を、医者は医者の知識を、靴職人は靴職人の知識を持っているからそれぞれの職業が務まる。それぞれの知識とは「形式知+暗黙知」です。形式知は言葉で伝達できるが暗黙知は自分で体を使って時間をかけて習得するものです。

パターン言語
 当連載第1回プロローグで述べましたが、オブジェクト指向のみで世界を捉えるには何かが欠けていることに気付きます。パターン言語はその欠けている部分に当たりそうです。
 世界を場とその中で活動するオブジェクトと捉えます。その「場の力」を扱う考え方にクリストファ・アレグザンダーが提唱するパターン言語が関係しそうです。パターン言語は氏のライフワークの初期の成果です。それは一里塚であり、氏の追求しているものは、「人に働く場の力」という直接目に見えないものなのではないかと筆者は感じています。

 パターン言語の議論に踏み込む前にそのひとつの分かりやすい事例である「学習パターン[1]」から入ってゆきたいとおもいます。学習パターンは形式知と暗黙知との議論にもつながってゆきます。

SFC学習パターン
 SFC学習パターンは、慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に入学した新1年生がこれからどのように勉強してゆけばよいかを示すヒント集のようなもので、小冊子として全新入生に配布されました。学校として作成したものではなく井庭先生の指導の下で学生が主体となって作成したことが特徴です。内容はパターン言語の形式で39のパターンから構成され、すべてのパターンに以下図2〜図4に示されているようなわかりやすいイラストが付いています。工夫されたパターン名とこのイラストにより、一目でパターンの内容を推測することができます。

 学習パターン詳細はSFCオフィシャルサイト[1]から公開されています。その他筆者の寄稿記事[2]をご参照ください。

 この学習パターンは、公開された当初からパターン言語のよくまとめられた適用事例として注目しており、一般的にどこでも使えるのではないかと頭の隅に焼き付いていました。筆者は新人研修の講師と講師サポートをそれぞれ担当しましたが、その現場でこの学習パターンがひらめき、早速実践して「成程こんな時に使える」とその効果を実感しました。

新人研修
 個人的な話になってしまいますが、筆者はプログラマ向け新人研修の講師もしています。研修は座学とプログラミング演習の繰返しが基本です。座学は形式知を言葉で伝達することで、プログラミング演習は受講生が体を使って形式知を暗黙知に変換する作業です。

 頭で覚えた形式知は忘れやすいですが、体で覚えた暗黙知は忘れません。暗黙知は応用が利き、まったく同じ場面でなくても実践することができます。実践を繰り返すことにより暗黙知は更に深まります。研修後の現場でのOJTがこの暗黙知を深める経験です。

 研修の最後にグループで課題に取り組み発表を行います。数名のメンバーが各自の得意分野を分担し、共同でひとつの仕事を成し遂げるという体験をします。
 グループ演習は各自が様々な経験を通して学びとった暗黙知をグループのメンバーで共有する場です。発表はあらたな形式知の創出です。

SECIモデル
 SECI(セキ)モデルとは「知識創造企業」[4]で紹介されているナレッジ・マネジメントのプロセス・モデルです。創造性のある製品開発をしている先進的企業では、形式知と暗黙知の循環サイクル「連結化:Combination、内面化:Internalization、共同化:Socialization、表出化:Externalization」により創発が行われているとするものです。

 新人研修のプロセスはSECIモデルにうまく当てはまります(図1)。

図1 新人研修のプロセスとSECIモデル
図1 新人研修のプロセスとSECIモデル

(1)座学
 講師はテキストを使って形式知を受講生に伝達する。受講生は新たな知識を各自がすでに持っている形式知や暗黙知とつなげ連結化してゆく。

 学習パターンには例えばふたつのパターンがあります。座学は「まねぶ」ことから(No.8) 始まり、教わり上手になる(No.9) ことで一層各自理解を深めることができる。

図2 座学プロセスに使える学習パターン
図2 座学プロセスに使える学習パターン[1]

(2)演習
 各自がPCでプログラミング演習を行いながらあらたな形式知を暗黙知に内面化してゆく。
 このプロセスにも学習パターンには例えばふたつのパターンがあります。

 演習を通して自分で考える(No.25) 訓練を行い、手を動かし身体で覚える(No.10) で学んだ知識を自分のものにする。

図3 演習プロセスに使える学習パターン
図3 演習プロセスに使える学習パターン[1]

(3)グループ演習
 共同作業でドキュメントとプログラムを作成する。その過程でメンバーの暗黙知を共同化してゆく。

 グループ演習は未知のメンバーとの偶有的な出会い(No.18) の場であり、演習課題を通してフィールドに飛び込む(No.17) 仮想体験を行い、学びを共有する。

図4 グループ演習プロセスに使える学習パターン
図4 グループ演習プロセスに使える学習パターン[1]

(4)発表
 異なる暗黙知を持つメンバーが共同作業で作り上げた成果には新たな知識が創発され、発表により形式知として表出化される。

 成果物をまとめるという作業と発表を通してアウトプットから始まる学び(No.13)教えることによる学び(No.31) を体験する。さらにどうしたらよりうまく伝えられるかという魅せる力(No.34) を工夫する場にもなる。

図5 発表プロセスに使える学習パターン
図5 発表プロセスに使える学習パターン[1]

 今回は新人研修のプロセスが形式知と暗黙知の視点でSECIモデルに対応し、学習パターンが各プロセスの実践をサポートするということを、ほんの少しですが、示しました。

 次回からクリストファ・アレグザンダーの世界に入ってゆきたいと考えています。

【参考書籍とサイト】

[1] 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス 学習パターンプロジェクト、

 http://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/ (本稿のパターンのイラスト含む)

[2] パターン言語事例 − 慶應SFCの『学習パターン』、

 http://www.atmarkit.co.jp/im/carc/serial/world/28/01.html

[3] マイケル・ポラニー著、佐藤敬三訳、暗黙知の次元-言語から非言語へ、紀伊国屋書店、1980
[4] 野中郁次郎、竹内弘高、知識創造企業、東洋経済新報社、1996

ODL ObjectDesignLaboratory,Inc. Akio Kawai