情報システム学会 メールマガジン 2012.1.25 No.06-10 [6]

連載 プロマネの現場から
第46回  「やる気」 の源泉

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 最近、目にしてハッとした質問は、「あなたは、最近、目が死んでいませんか?」というもの。キャリア研究の第一人者である金井壽宏さんの『やる気!攻略本』(*1)の冒頭の一節でした。
 大人の「やる気」は自己責任である、と思っていますが、「やる気」のある・なしによって、生産性は倍・半分変わるし、また、品質や創造性・工夫等についても大きく異なります。したがって、プロマネやチームリーダーにとっては、自分の「やる気」と同じ以上に、周りのメンバーの「やる気」が、より重要になります。プロジェクトチームの「やる気」を下げない環境を整えることと、メンバーの「やる気」を高め、維持することが、プロマネにとって非常に大切な仕事の一つになります。今回は、プロジェクトの推進に不可欠な「やる気」「モチベーション」について少し考えてみたいと思います。

 ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(*2)の中で、過去から現在までの「やる気」「モチベーション」理論の発展の様子がわかりやすく説明されています。
 「モチベーション」を人間にとっての基本OSとみなして、時代とともに、モチベーションというOSはバージョン1.0から2.0、3.0へと順次バージョンアップを繰り返してきている、といいます。

 モチベーション1.0 生物としての人間の生存を目的としていた人類最初のOS。

 モチベーション2.0 外的な報酬と罰、いわゆるアメとムチ中心に構成された動機付けによるOS。すなわち外発的動機付け。

 モチベーション3.0 自分の内面から湧き出るやる気に基づくOS。すなわち内発的動機付け。

 モチベーション3.0を構成する要素は、「自律性(オートノミー)」「マスタリー(熟達)」「目的」であるといいます。
 「自律」の反対は、「統制(コントロール)」であり、「統制」は、人を従順へと導く一方、「自律」は、「関与(エンゲージメント)」へ導きます。対象とする仕事やプロジェクトにコミットすることで、「マスタリー」につながる、といいます。だからこそ、創造性を必要とする仕事であるならば、「自律」は、組織的な行動、チームプレーにおいてこそ必要になります。
 メンバー一人ひとりは、プロジェクトチームの中で、ゲームの「駒」ではなく、「プレーヤー」となることが求められています。
 また、「自律」は、「独立」とは異なります。「独立」は、誰にも頼らず一人でやっていくという考え方ですが、「自律」は、他者からの制約を受けずに行動し、また他者と円満に相互依存するよう選択して行動することを意味しています。
 「マスタリー」を目指す自律的な人々は、統制に従順な人々に比べ、非常に高い成果を上げます。しかし、高邁な「目的」のためにそれを実行する人々は、「マスタリー」を目指す人々よりも、さらにより多くを達成できます。そのことは、歴史上の偉人を思い浮かべると納得することと思います。
 したがって、モチベーション2.0の世界では、「利益の最大化」が追求されてきていますが、モチベーション3.0の世界では、「利益の最大化」とともに、願望の対象や指針としての「目的の最大化」が求められるようになる、といいます。
 ピンクさんのモチベーションのバージョンの考え方は、マズローの欲求階層説との対比でみると、よくわかります。

 マズローの欲求階層説は、人間の欲求は5つの段階に分類されるという考え方です。生理的欲求、安全欲求、所属と愛(親和欲求)、承認欲求、そして、自己実現という下位から上位への5つの階層にわかれています。
 生存と繁殖活動を行う本能的な行為を行うモチベーション1.0は、生理的欲求と安全欲求に紐つきます。
 アメとムチ=恐怖と欲望=信賞必罰に基づくモチベーション2.0は、所属と愛、承認欲求に紐つきます。
 そして、内発的動機付けに基づくモチベーション3.0は、自己実現に紐つきます。
 マズローの欲求階層説の欲求が、下位から上位レベルに充足されて行くのにあわせて、必要とされるモチベーションのOSは、バージョンアップしていきます。

 マズローの欲求階層説は、下位の欲求が満たされた後、上位の欲求を求めるようになる、のが一般的です。
 もちろん、たとえ下位の欲求が満たされなくても、上位の欲求を求める、という「武士は食わねど高楊枝」的な気風を持つ人もいます。
 しかしながら、生理的欲求や安全欲求が不十分な状態で、いきなり承認欲求や自己実現を求めても、平時・日常時においては、「やる気」を喚起し、維持し続けることは困難になります。

 『モチベーション3.0』が面白いのは、モチベーション2.0というOSが機能しなくなった点を指摘しているところです。

 仕事が単純で機械的なものであれば、報酬が多ければ多いほど、パフォーマンスは上がります。しかし、少しでも、知的能力が必要な場合、報酬が上がると、パフォーマンスが下がることがあること。また、好きな遊びであっても、いったん報酬を得てやるとそれがその人にとっての仕事になってしまい、その後、報酬をもらえなくなるとやめてしまう、といいます。
 しかもより深刻なのは、パフォーマンスが下がるだけでなく、金銭的なインセンティブを与えると思考の幅が狭まり、創造性が劣化してしまうことです。
 その理由は、報酬による管理は、報酬に応じた仕事をやることになってしまう点にあります。これは、創意・工夫・革新・冒険などといった価値観とは相容れません。つまり、その仕事自体が楽しくてやっている時と比べて、報酬によって働く時は、視野が狭くなってしまうためです。また、報酬を得ること自体が目的になってしまうと、そこに手抜きが発生します。

 したがって、モチベーション1.0や2.0が充足された環境においては、 モチベーション3.0の内発的動機付けに基づく「やる気」が必要になります。
 人間の心のあり方が多様であるように、この「やる気」の引き出し方も多様なものになります。冒頭の金井さんによると、万人向けの万能薬はない。でも、個々人に効く「やる気」の漢方薬はある、といいます。
 まず、自分の傾向を把握することから始めなさい。

 「どのようなときに、自分は、がんばることができるのか?」

 「どのようなときに、自分は、落ちこんでしまうのだろう?」

 2つの問いを、自問自答してみることで、自分の価値観を明らかにすること。
 その価値観・ビジョン、プロセスに基づいた行動でなければ、真の「やる気」にはつながらない、ということなのだと思います。ただし、この自己分析とそれに基づく行動は、頭でわかっていてもなかなかできず、むずかしいのが実状です。

 「やる気」「モチベーション」を引き出す方法は、たくさんいわれていますが、その多くは、モチベーション2.0に関するアメとムチについてのものです。
 また、個人的には、モチベーション3.0を再認識してくれる言葉に目が留まることが多いです。

 「人生を運ぶものは、何を原動力に動いているのか。」(*1)

 「忙しいから絵が描けないのではなく、描かないから忙しいだけだ。」(*1)

 同じ作業をするにあたっても、いわれたレンガ積みをしているだけ、と思うか、大聖堂を建てていると思うか・思えるか、が、「やる気」に大きな影響があります。プロマネやチームリーダーの役割の一つは、いま一度メンバーに、いまの仕事が、大聖堂作りの一環であると常に認識させることにあるのかもしれません。また、そうでない場合でも、大聖堂作りに必要なスキルを日々、身に着けている、ということを実感してもらうことが必要なのだと思います。

(*1)金井壽宏『やる気!攻略本』ミシマ社 2008年刊
(*2)ダニエル・ピンク『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』 訳・大前研一 講談社 2010年刊