情報システム学会 メールマガジン 2011.7.25 No.06-04 [7]

連載 システムの肥大と人間の想像力
第7回 サイバー空間と現実世界の関係が再逆転

サイバーリテラシー研究所代表(サイバー大学IT総合学部教授)
矢野 直明

現代社会を、私たちが現に生活している「現実世界(リアルワールド)」と、インターネット上に成立した「サイバー空間(サイバーワールド、サイバースペース)」の相互交流する姿と捉えることで、これからの社会を快適で豊かなものにするための実践的知恵を導き出そうというサイバーリテラシーの課題は以下の3つである。
 (1)デジタル技術でつくられたサイバー空間の特質を理解する
 (2)現実世界がサイバー空間との接触を通じてどのように変容しているかを探る
 (3)サイバー空間の再構築と現実世界の復権
 そのうえで、サイバー空間のアーキテクチャーとして「サイバーリテラシー3原則」を定め、サイバー空間と現実世界の関係を歴史的経過として、同時に、現実のIT社会のいくつかの断面(種類)として考察してきた。
 2011年になって、とくに日本においては東日本大震災をきっかけに躍進しつつある「ソーシャルメディア」は、サイバーリテラシーにとって興味深い現象を引き起こしている。
 ソーシャルメディアというのは、一般にブログ、ツイッター、フェイスブック、ミクシィ、ユーチューブ、ニコニコ動画、ウィキペディア、ウィキリークスなど多種多彩な電子メディア(オンラインメディア)群である。それはWeb2.0で輩出したUGC(User Generated Content)であり、CGM(Consumer Generated Media)であり、日本風に言えば、「消費者生成メディア」である。
 私はまた、マスメディアとパーソナルメディアが錯綜する現下のメディア状況を「総メディア社会」と呼んできた。ソーシャルメディアはパーソナルメディアの発展したもので、とくにツイッターとフェイスブックは、マスメディアをも包含した総メディア社会全体の基幹インフラの位置を占めるようになっている。
 ソーシャルメディアについては、雑誌『広報』に連載しているので(一部はブログで公開)、そちらも参照していただきたいが、ソーシャルメディアの発達はサイバー空間のあり方をまた大きく変えつつある。そのいくつかを箇条書きにしてみよう。

 (1)東日本大震災では、ツイッターなどで流れる雑多な情報を、多くの人がリツイートして拡散したり、まとめサイトをつくって一覧できるようにしたりした。そこでは、インターネット上の情報を仲介するソーシャル・ハブ、インフルエンサー、キュレイターと呼ばれる人びとの役割が注目された。
 (2)流言やデマなど意図的な、あるいは意図せざる誤情報も流れたが、それらは他の人にチェックされて修正されたり、デマ情報としてまとめられたりした。次々に新しい情報が提供される事情もあり、大震災時としては、かつての関東大震災のような悲惨な事件事故が発生することはなかった。マスメディアの情報は内部で何重ものチェックを受け、それなりに真偽が確かめられているが、パーソナルメディアにおいてそのようなチェックは働かない。そういう意味で、マスメディアは「編集メディア」、パーソナルメディアは「無編集メディア」と言えるが、その延長で、ソーシャルメディアは「相互編集メディア」と呼んでもいい。サイバー空間全体でみると、情報はそれなりの道筋をつけられたのである。また、マスメディアとソーシャルメディアの相互補完的な活動も多く見られた。
 (3)従来、とくに日本人の場合、インターネット上の発言は匿名、あるいはハンドル名によることが多く、実名による情報発信はIT関係者、学者、ジャーナリスト、起業家、政治家といった、実名発信に意味を求められる一部の専門家を別にすると、決して多くはなかった。匿名発信か実名発信かは、インターネット普及以来、時に応じて、あるいはそれをめぐる事件が起こるたびに議論されてきたが、ここへきて、発言に対する責任のとり方といった文脈ではなく、サイバー空間においても実名を使った方が自然だし、実際に便利である、といった風潮が出てきた。実名主義のSNSとして全世界に6億人ものユーザーを獲得したフェイスブックの存在はたいへん興味深い。

 これらの事実から私が言いたいのは、サイバー空間に生身の人間が浮上してきたということである。実名発信だからこそ、これまでの情報発信の実績や現実世界における知名度から、この人の発言は信頼できると判断され、発言への影響度も高まった。サイバーリテラシーの課題の第3、「サイバー空間の再構築と現実世界の復権」という事態がいよいよ現実のものになりつつある、というのが私の予感である。
 サイバー空間と現実世界の関係図をさらに発展させれば、こうなる。

サイバー空間と現実世界の関係図の発展形

 現実世界の上にサイバー空間が張り付いているけれど、そこには現実世界のコントロールが効いている。あるいはきかせる可能性が大いに出てきたということである。サイバー空間の上に乗っかって、すべてをサイバー空間によって規定される現実世界から、現実世界がサイバー空間を有効に活用する時代への再逆転とも言えよう(だからこの図は関係史の初期の状態とよく似ている)。
  第4回で取り上げたグーグルの野望は「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」であり、コンピュータの力技による検索こそが命だった。サイバー空間のアルゴリズムでデジタル情報を徹底的に管理する傾向が強かったわけである。これに対してフェイスブックは生身の人間のコミュニケーションを重視している。
 だから、グーグルからフェイスブックへの移行は、フェイスブックだけの話ではなく、ソーシャルメディア全体の新たな可能性を示すものではないのか、というのが、いささか楽観的にすぎるかもしれない、今回の愚問である。

 この連載は、愚問を発し読者諸兄姉の賢答をお願いする「愚問賢答」方式で進めようとしています(^o^)。サイバーリテラシーについては、折々に説明もしますが、詳しくはサイバーリテラシー研究所のウエブ(http://www.cyber-literacy.com/ja/)や拙著『サイバーリテラシー概論』(知泉書館、2007)を参照してください。
 なお私のメールアドレスは、yano■cyber-literacy.comです。