情報システム学会 メールマガジン 2011.3.25 No.05-12 [2]

連載 ベテランSEの要件定義ノウハウを形式知化した企業情報システム機能選定方法論(FUSE法:Methodology of Functional Selection for Enterprise Information Systems)の紹介

第3回 企業情報システム機能選定方法論の使い方 その1

筑波技術大学大学院教授(筑波技術研究所代表取締役) 隈 正雄

1.【ステップ1】システム化の範囲を選択する

 方法論では業務を、主要業務、サブ業務、詳細業務の3階層で捕らえている。主要業務、サブ業務は、基本的に各企業に共通する業務と見なすことができるであろう。実際にIT機能要件を選択する際には、詳細レベルが対象となる。
 詳細業務も必須業務とその他の業務に分けることができる。その他の業務を情報化すべきか、つまり、業務の情報化の必要性は企業により異なる。また、情報化は、その内容によって有効に機能するかどうかが企業環境に影響されるものがある。
 そこで、詳細業務については、次の2点に注目して選択する。

・当該の機能が有効に機能する企業環境であり、企業環境は詳細業務単位に「業務有効条件」欄に記載されている。
・詳細業務が有効に機能したときの業務効果が必要であり、業務効果は詳細業務単位に「業務効果」欄に記載されている。

 具体的には、「FUSE知識ベース」の当該詳細業務の「業務有効条件」の状況を調査する。同時に、当該詳細業務の「業務効果」を参考に、情報化によりどのような改善が必要かも調査する。
 選択詳細業務の企業環境が「業務有効条件」を満たし、かつ、「業務効果」と調査された必要な改善をチェックし、「業務効果」が改善に有効と判断される場合は対象とする。「業務効果」が当該企業のニーズを満たさない、あるいは、企業環境が「業務有効条件」を満たさない場合は、当該の「選択詳細業務」は原則として対象外とする。
 企業環境について、販売先から仕入も行っており相殺が発生するケースで説明する。企業環境としては、相殺対象企業が多いか、取引が複雑かといった事情が挙げられる。取引先が少なく、取引が単純であれば手作業でも相殺取引を特定することは容易である。一方、取引先が各営業所等に分散していたり、何千という取引先の中で、ときどき相殺取引が発生するなどの企業環境であれば、手作業で取引を特定することは困難であろう。つまり、当該業務の企業環境が当該業務の効果を発揮できる状況であるかが、詳細業務選択の前提条件となるのである。

2.【ステップ2】詳細業務から適正な業務処理方法とシステム機能要件を選ぶ

 情報化の対象業務が決まれば、次は各詳細業務をどのように情報化するかである。各詳細業務には、情報化の選択肢、すなわちIT機能要件が複数記載されている。
 詳細業務のIT機能要件選定の考え方は、詳細業務の選択に類似している。つまり、当該詳細業務のIT機能要件選定は、「FUSE知識ベース」から提供されるIT機能要件の「業務効果」が、現状調査により当該企業に必要とされる「業務効果」を満たすか否かで判断する。しかし、詳細業務におけるIT機能要件は通常複数存在するため、複数のIT機能要件から、必要とされる「業務効果」に最適のIT機能要件を選定することになる。ただし、企業環境が当該IT機能要件の「業務有効条件」を満たさない場合は選定できない。その場合、「業務効果」が次善であっても、IT機能要件の「業務有効条件」を満たすIT機能要件を選定する。

3.経営効果の識別

 IT機能が有効に機能したときに発生する効果には、直接的な業務効果ではなく、間接的に経営面に影響する業務効果もあり、これを「経営効果」として識別した。「経営効果」は、経営管理と経営戦略に類するものに分けられる。
 経営管理に関しても、「FUSE知識ベース」では一般的な機能は「業務効果」に含まれている。しかし、特に外部から経営管理機能を要求される特殊なものとして、「内部統制効果」(内部統制を支援する効果)、「株式上場効果」(株式上場を支援する効果)の対応を別途方法論に組み込んだ。
 これらの効果は、すべてのIT機能に付随するのではなく、特定のIT機能に発生する。本方法論では、「経営効果」が発生するIT機能要件単位に、各「経営効果」の情報を提供する。「経営効果」によるIT機能要件選定は、「業務効果」によるIT機能要件選定と基本的には同じやり方である。しかし、「経営効果」と「業務効果」が並存した場合は、重要度の高い「経営効果」を業務効果に優先して選定するものとする。

4.【ステップ3】経営管理の視点(内部統制・株式上場)で適正な業務処理方法とシステム機能要件を選ぶ

 「FUSE知識ベース」にも内部統制、株式上場、経営戦略について、個別IT機能要件単位に「経営効果」欄で、IT機能要件選定における選定のポイントをガイドしている。
 とはいえ、内部統制に関しては、不正防止の観点からIT機能要件を見なくてはならず、不正方法等の詳細な説明が必要である。株式上場に関しても、一連のIT機能要件群にまたがる説明が必要となる。経営戦略に関しては、戦略の狙いとそれを実現するIT機能要件群、さらに個々のIT機能要件で強化すべきポイントなどの総合的な説明が必要である。
 内部統制に関ししては、特に不正と情報システムを活用した防止策を取り上げ、IT機能要件単位ではなく業務とその防止策として、別途解説を作成した。IT機能要件の選定に際しては、これらの解説を理解し、「FUSE知識ベース」のIT機能要件の「経営効果」欄の「内部統制効果」項目のガイドを受けて選択する。「FUSE知識ベース」で十分に理解できない場合は、再度ここの解説を読み直す。
 「FUSE知識ベース」のIT機能要件には、「経営効果」欄に「株式上場効果」項目があり、株式上場企業に要求されるIT機能要件を記載している。しかしながら、株式上場の実質基準では、単なる効率化と異なり、その狙いや背景等を理解したうえでIT機能要件を選定する必要がある。そこで、株式上場の実質基準から要求されるIT機能要件の狙いや背景等について、別途解説を作成した。IT機能要件の選定に際しては、これらの解説を理解したうえで、「FUSE知識ベース」のIT機能要件の「経営効果」欄の「株式上場効果」項目のガイドを受けて行う。「FUSE知識ベース」で不十分な場合は、再度ここを読み直す。

5.【ステップ4】経営戦略の視点で適正な業務処理方法とシステム機能要件を選ぶ

 経営戦略は一般的に新規性を持つ。したがって、経営戦略を具体化したIT機能ベースのモデルは、事前には存在しないことになる。一方、本方法論は事前にIT機能要件を提供する方法論である。したがって、本方法論のアプローチでは経営戦略の扱いは非常に難しくなる。とはいえ、経営戦略は企業情報システムとは切り離せないものである。そこで、本方法論では、経営戦略を本方法論のアプローチで取り扱い可能なものに限定したうえで、方法論に組み込んだ。
 経営戦略支援情報システムとは、「競争優位につながるように一連のIT機能群が特別に強化され、経営戦略の用途に使用されたもの」と捉えた。この立場から考えると、経営戦略が必要とするシステムの用途(「戦略的方策」と呼ぶ)が明らかになれば、「戦略的方策」を満たすIT機能要件を明らかにすることができる。したがって、具体的な「戦略的方策」が引き出せる経営戦略を、本方法論で扱った。
 代表的な経営戦略を俯瞰し、いろいろな「戦略的方策」を抽出した。しかし、「戦略的方策」は、IT機能要件選定に対する要求として用いるには大雑把すぎる。従って、「戦略的方策」を、「FUSE知識ベース」の詳細業務に達するまで詳細な業務にブレイクダウンして対応した。
 つまり、「戦略的方策」単位に、その「戦略的方策」、さらにブレイクダウンされた「戦略的方策」群、さらにその下位の一連の詳細業務群および改善目標をまとめて、「戦略流のフレーム」として提供する。
 例えば、「迅速で正確な納品」という「戦略的方策」をブレイクダウンした「戦略流のフレーム」を見てみよう。「迅速で正確な納品」は、「迅速な納品」、「商品供給の保証」に分解できる。さらに、「迅速な納品」は、「迅速な納期回答」、「迅速な納品」、「正確な納品」に分解できる。「迅速な納期回答」は、「在庫照会の迅速化」、「在庫引当の迅速化」、「納期回答の迅速」に分解できる。ここまでくれば、「FUSE知識ベース」で対応可能となる。他の「戦略的方策」もブレイクダウンされるが、ここでは省略する。

6.選定の視点と本方法論の特長

 本方法論の4つの視点について説明したが、実務経験者にとっては常識的なものと思われるのではないか。これらは、ベテランのSEであれば、暗黙知として持っているものであろう。本方法論はSEの暗黙知の形式知化を試みたものであり、当然のことといえる。本方法論は常識的な知識を元にしているが、本方法論の特長は2つある。
 1つは、ベテランのSEの暗黙知を形式知化したことである。視点についての理論等は発表されているが、それを、初心者のSEにも分かるように明文化したことである。もう1つは、暗黙知が詳細のIT機能要件単位のどこにどのように影響するか形式知化したことである。これにより、初心者のSEであっても、ベテランのSEの暗黙知を活用できるのである。

 次回は、本方法論の独特の視点である「業務処理能力」と「企業風土」によるシステム機能選定について述べる。

 なお、今回の地震で被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。