情報システム学会 メールマガジン 2010.1.25 No.05-10 [11]

連載 プロマネの現場から
第34回 意思なきところに報告なし・・『坂の上の雲』に学ぶ

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 長年映像化を楽しみにしていた『坂の上の雲』のドラマ化も、NHKワイド大河の第二部が終わりました。海陸での決戦に先立って行われた、旅順湾閉塞作戦の撤退途上における広瀬武夫の壮絶な戦死のシーンで、第二部は幕を閉じました。『坂の上の雲』そのものは、明治という国家が、総力を挙げて戦った日露戦争がテーマとなっているため、様々な読み方ができます。

 マネジメントの立場から見て、原作の『坂の上の雲』において、一番印象に残っているのは、ドラマとしては今後放映される第三部にあたりますが、旅順を攻撃する乃木希典が率いる第三軍の報告と、それに対する満州軍の総司令部のいらだちでした。
 舞台は、旅順と203高地です。この地、大連は、日本語が第一外国語になっていることもあり、日本企業向けのオフショア開発が盛んになっており、以前、オフショア開発の合間に、203高地を訪れたことがあります。いまは木々で青々と覆われた小さな山ですが、この場所で6千2百余名の方が亡くなったのか、と旅順港を見下ろしながら思ったことがいまでも記憶に残っています。

 ロシア軍によってセメントで塗り固め、機関銃で装備された旅順要塞に対して、日本軍は乏しい玉数で、最後は銃剣のみの白刃攻撃で臨みます。正々堂々と敵陣地の正面から三度の総攻撃を敢行し、無残な失敗を繰り返します。その後、ロシア旅順艦隊への攻撃のため、海軍からの要請で、ようやく203高地へ攻撃を転ずるものの、なかなか陥落させることができません。

 この時、全満州軍の総司令部からみた旅順攻撃中の乃木軍の様子はこうでした。以下、司馬遼太郎の原作によります。

≪乃木軍司令部の奇妙さは、戦史上類がないといっていいほどの無能頑迷な作戦を遂行しながら、しかもその戦況報告すらろくによこさぬことであった。大山巌を長とする満州軍総司令部は、乃木軍にとって上級司令部でありながら、乃木軍は粗末簡略な報告しかよこさない。

「いったい、どうなっているのか」

 と、総軍の参謀たちは、みな腹をたてていた。無能無策というものは、ろくな作戦をたてられないだけでなく、報告書もかけないのだ、報告というのは、報告するにあたいする戦いを創造しているばあいにのみ書けるわけで、ただ平押しに兵を殺しているだけの連中に書けるはずがない、という者もあった。≫

 満州軍の総参謀長の立場にあった児玉源太郎が乃木希典に出した手紙は、

≪「このあいだも手紙に申しあげ候のごとく、貴軍の戦況報、あまり寛単(簡単)に失し、当方としてはかえって海軍の状況報告にて実況を知るごとき姿に御座候」≫

として、詳しい報告を求めていましたが、最後まで満足させられることはなかった、といいます。

 結局、児玉は、大山巌の了解を得て、クロパトキンと対峙している前線から、旅順の乃木軍司令部へ乗り込みます。

 そこで、味方の攻撃陣の地図を目にします。地図を凝視して考え込みますが、意味がわかりません。しばらくたって気がついたのは、それが参謀の書き間違えであったこと。

 ≪書きまちがいというより、その参謀が、現地を知っていない証拠であった。≫

 ≪この戦いを連戦連敗させている主たる原因はここにあった。≫

 敗北の原因が、怠慢にあることを知った児玉の怒りは激しかったのですが、乃木軍司令部の参謀達には、この危機感は刺さりません。

 この時の様子は、映画『二百三高地』の中では、丹波哲郎扮する児玉が前線を知らずに油を売っている第三軍司令部の参謀連中を叱責するシーンとして描かれています。

 旅順攻略の作戦を握る第三軍司令部の参謀たちが、ストーブを囲んで手持ち無沙汰気味に待機しています。その姿を見た児玉は、開口一番、伊地知参謀長らに向かってこう怒鳴ります。

児玉「馬鹿もん! 軍の最高指導部がこんなところでストーブなど囲っちょってそれで戦争に勝てると思うのか! 貴様らの頭の中には何が詰まっちょんじゃ。
 いまこの時間にも、バルチック艦隊は刻々近づきつつあるっちゅうことを、貴様らはまだわからんかい!」

伊地知「わかっちょります。打つべき手は打っております。」

児玉「それでまだ二百三高地の攻略ができんちゅうのはどういうわけだ? 打つ手は状況によって刻々変わるんじゃ。
 こんなところで馬鹿づらさらしておって何が手を打ったじゃ。貴様らのような鈍感な頭では参謀は務まらんのう。」

伊地知「そこまでおっしゃるのなら、我々にもいいたかことがごわす。」
・・と、総司令部がこれまで要求する弾薬を送ってこなかったこと、責任の一部は、大本営と児玉にもあるはずだと反論します。

児玉「伊地知、おぬしの職はいったいなんじゃ。第三軍の参謀長じゃないんか。
 作戦の責任をとらにゃならん参謀長が他に責任を押し付けて、それで職をまっとうできると思うちょるんか。」

 児玉は、話にならん、といって席を立ち、仲代達矢扮する乃木を探しにいきます。

・・このピリピリとするシーン、実は結構お気に入りです。

 反論する伊地知参謀長の言葉は、反論ではなく言い訳にしかなっていません。でも、プロジェクトの現場からすれば、これは決して他人事ではないと思います。失敗するプロジェクトの多くは、バーストするはるか前から、まともな報告ができなくなっています。また、何もかもが問題のように見えるため、打つ手は後手後手に回ってしまうし、また、打った手も的外れになっています。私生活ならば、便りがないのはよい便り、といえるのかもしれませんが、日々状況が変わるプロジェクトにおいては、「異常なし報告(ネガティブ・リポート)」の大切さを再認識する瞬間です。「異常なし報告」とは、異常がないこと、何も問題がないこと、無事であることを、積極的に報告することを指します。逆に「異常なし報告」がなかったときは、異常があったと判断して、組織として対応することが必要になります。
 また、「打つ手は状況によって刻々変わる」という指摘も耳が痛いものです。この至極当然の言葉も、切った張ったする毎日だと、一度考えたことは、状況の変化の中で見直しが必要であるにもかかわらず、たとえその考えが浅くても「考えたつもり」「思考停止」になってしまうことがしばしば起こりえます。事態の進展によって、前提条件や制約条件が変化しているケースがあり、採るべき対応策や選択肢が変わっているにもかかわらず、現場のメンバーだけでは即応できないことも多いと思います。

 そうであるがゆえに、児玉源太郎は、参謀たちにこう言いました。

 ≪「参謀は、状況把握のために必要とあれば敵の堡塁まで乗り込んでゆけ。机上の空案のために無益の死を遂げる人間のことを考えてみろ」≫

 複数のプロジェクトを統括するプログラム・マネージャになって日が浅かった頃、配下のプロジェクトの一つに、結合テストの障害が頻発した案件がありました。現場のリーダからは「まだまだ大丈夫です」という報告を受けていました。その時、当時の上司から「障害は現場の悲鳴。その悲鳴を聞いて、適切な対応を採るのがマネージャの役割。」と叱責されました。現場の声を聞きわけることができていなかった自分を深く恥じました。

 組織の力が発揮できるかできないかは、日頃からのコミュニケーションにかかっています。ただし、それは単に言葉として「コミュニケーションは大切である」と繰り返すだけでなく、『坂の上の雲』や『二百三高地』のような小説や映画を通して学べることは多いのではないか、と思っています。