情報システム学会 メールマガジン 2011.1.25 No.05-10 [8]

連載 日本の情報システムを取り巻く課題と提言
第6回 情報システム発展のためのISSJへの提言

日本アイ・ビー・エム・サービス(株) 代表取締役社長 伊藤 重光

 今回がシリーズの最終回となりますので、日本の情報システムの発展のために情報システム学会(ISSJ)として何ができるのかを考えてみたいと思います。ここでいう情報システムとは、人間系を含んだ広い意味の情報システムであり、特殊な場合はコンピュータ・システムを活用していないケースもあるとの認識です。

1. 情報システム遺産表彰

 日本には社会に便利さを提供した情報システム、あるいはその後の情報システムの発展に貢献した情報技術がたくさんあります。当時は画期的と言われたものも時代とともに当たり前となってしまいます。場合によっては違う方式に入れ替わって忘れられてしまうものもあります。情報システムは誕生してまだたかだか50年です。今ならば、まだ思い出すことも可能です。
 「情報システム遺産」として日本の社会に大きな貢献をした情報システムや情報技術に対して情報システム学会が毎年数件を取上げて表彰するのです。この表彰により、どんな情報システムが素晴らしいシステムなのかの理解が高まるのではないかと思っています。
 評価のポイントは(1)社会の仕組を変えた、(2)利用者が格段に便利になった、(3)社会や企業全体の効率が向上した、(4)環境やエコに貢献した、(5)その後の情報システムに大きな影響を与えた といったところでしょうか。個人的には次のようなシステムが候補になるのではないかと思っています。
旅館・ホテルの予約システム、ETC、宅急便の追跡システム、MRP、CAD/CAE、
コンビニATM、電子メール、携帯電話・i-モード、GPS付建設機械、カーナビ、
銀行相互乗入れ、ネットショッピング、電子マネー Suica/Edy、鉛無し印刷、
銀行オンライン、JR EXPRESS
 情報技術としては「カナ漢字変換システム」は素晴らしい発明だと思っています。従来英数キーボードに対して16段シフト・キーボード等で日本語はコンピュータ処理に不利と思われていた状況を解決し、日本だけでなく中国語やアラビア語等2バイト・コードを標準として世界中に光明を与えたのです。

2. 社会への提言

 毎日のように情報システムに関する記事が取上げられています。システム統合やシステム障害の話題が多いようですが、情報システムの専門家として見ると、これは対応がおかしいのではと思う場合もあります。このような場合に情報システム学会として社会に対して提言をすることは非常に重要だと思います。特定企業や個人を責めるのではなく対応そのものに関して意見を述べることで何が正しいのか、何が間違いだったのかを社会が理解することで、より良い情報社会が実現するのです。
 難しいことは正しい情報収集です。新聞やテレビで報道されることは時として一方的な報道であったり、部分的な報道であったりします。断片的な情報だけで判断をすると間違った判断となる場合もありますので、十分注意をする必要があります。社会への提言に関しては、ある程度の情報が入手できる場合に限定されるかもしれません。また情報システム学会の中でも意見が分かれる場合も出てきますが、提言に意味があるのであれば複数の意見のままで提言をすることも必要かもしれません。
 せっかく良い議論がされたのに、意見が一致しないために提言そのものが日の目をみないというケースばかりになってしまうことを危惧しています。先日は情報システム学会からの「自動車の安全性向上策」の提言が日経コンピュータ誌に取上げられ反響を呼びましたが、これからも継続してこのような提言をしていきたいものです。

3. 情報システム人材育成での産学協同

 情報システム人材の育成に関しては、まずは目指すべき人材をグループ分けして定義することが必要になると考えています。情報システムに対してどのように関わるかを意識したら良いと思います。具体的なイメージとしては次のような感じでしょうか。
トップ・マネジメント(CEO)
利用部門マネジメント
利用部門ユーザー
情報システム担当役員(CIO)
情報システム部門マネジメント
情報システム部門専門職
一般人
 次に将来このような立場になりうると仮定した上で、高校や大学で何を教えるかということになりますが、単に科目を設定するのではなく、どのような立場で接するのでこのような知識が必要という関連を明確にすることで具体的な教育プログラムが作りやすくなるのではないでしょうか。情報システム学会に参加している企業側と学校側がこのような内容を議論することから情報システム人材育成での産学協同が始まるような気がします。

4. プロジェクト事例の収集と整理

 実社会には実に様々なプロジェクト事例があります。我々の会社でも事例発表会を定期的に実施し、他の社員の参考としています。しかし学校側ではなかなかプロジェクト事例の情報が入手できません。成功事例にせよ、失敗事例にせよ、事例研究は大変勉強になるのですが具体的な事例が外部に与える影響を考慮すると、なかなか公開できないものなのです。情報システム学会がプロジェクト事例を集める仲介役となり、実際のプロジェクトを基にした上でユーザー名やITベンダー名を伏せて、事例として整理し直すことで事例研究に使えるのではと思っています。
 プロジェクト事例の整理には手間がかかり、公開には社内承認が必要な場合もあるので簡単なことではありませんが、プロジェクト事例は情報システム人材の育成にとって重要な教材の一つであることは間違いありません。ユーザー企業やITベンダー企業の理解と協力が大前提となりますので、情報システム学会が社会に大きな影響を与える存在として評価されることが先決かもしれませんが、ぜひ実現したいことの一つです。

5. 産・学・官の交流の場

 情報システム学会では産・学交流の場としては十分に機能を果たしていると思っています。学校の先生と企業のマネジメントが意見交換をする機会はたくさんあります。今後はさらに学生や企業の社員レベルの交流にまで発展すれば良いなと期待をしています。残念ながらできていないのが官との交流ではないでしょうか。
 第5回でも述べましたが官のリーダーシップが日本の情報システムの発展には大変重要なのです。ぜひ官からの会員が誕生することを期待したいと思いますし、特別なプログラムとして産・学・官の交流の場を年に数回でも実現できると有意義な議論ができるのではないでしょうか。内容としては官の施策や具体的な取組の説明が一般的ですが、日本の情報システムの発展やグローバル化への対応のために国としてどんな課題認識を持っているかということをぜひ伺いたいと思っています。
 そして情報システム人材の育成を初めとして産・学・官一体の動きとして今後どのような取組が必要なのかを多方面の識者を集めて意見交換できたら素晴らしいプログラムになるのではないでしょうか。

 私は個人的に情報システムの発展とは人や社会に貢献するような情報システムが沢山誕生することだと理解をしています。もちろん企業や学校・病院、官公庁、地方自治体等全ての情報システムに対して言えることだと思いますが、売上や利益に貢献するためではなく社会が便利になり、地球環境に優しい情報システム、すなわち人類の発展に寄与する情報システムが増えることが大切なのだと思っています。
 結果的に売上や利益に貢献すればさらに良い循環になって来ます。昨今の地球環境問題の中で、この点に眼を着けた企業もいくつかあるようで、IBM社では「Smarter Planet」というグローバル・キャンペーンで「スマートな地球」実現に役立つ情報システムを企業と一緒になって作ろうという動きをしています。

 今後、日本の社会で国民一人ひとりが素晴らしい情報システムとは何かを意識するようになった時に日本の情報システムは大きな発展を遂げるのではないでしょうか。そのためにも優秀な子供たちが情報システムに夢を持ち、情報システムに関わる仕事を素晴らしい仕事として興味を持ってほしいと思っています。情報システムを正しく理解できる人材を将来に向けて増やしていくことが情報システム学会の大きな使命ではないでしょうか。

以上