情報システム学会 メールマガジン 2011.1.1 No.05-09 [10]

評議員からのひとこと
「情報システム学会設立時の初心再認識」

新潟国際情報大学 情報文化学部 情報システム学科 専任教授 高木義和

 理事を設立時から一期目の3年間と二期目の2年間、合計で5年務めさせて頂きました。私事ですが情報システムと関係を持つようになったのは1996年に新潟国際情報大学の情報システム学科に着任した時からです。それまで在籍していたJTでは中央研究所、特許管理、研究管理、健康と喫煙関連情報管理など情報を利用する立場の活動をしていたので、情報システムといえば情報システム開発やデータベース利用のための予算を確保する対象でしかありませんでした。着任して浦先生をはじめとする多くの先生にお会いすることになりましたが、着任して数年が過ぎて気がついたのは、情報システム分野の論文を投稿しようとしても適当な投稿先がないことでした。情報システムの論文が投稿できる場の必要性を感じるようになりました。適当な投稿先がないため情報システムに関する論文発表は当然少なく、論文を出さなくても最新技術のキャッチアップができていれば許されるような雰囲気を感じました。もともと私の専攻は食品工学でバックランドは有機化学や生化学に関する分野でしたが、これら分野では研究者が1年に1報投稿するというのが普通でしたので論文作成の活動が低調であることに違和感を持ちました。さらに、学会では論文投稿は無料というのがそれまでの常識でしたが、情報システムに関連する工学系の学会では論文が採録されると高額の掲載料が要求されることにも驚きました。学会自らが投稿を規制しているようなルールが不思議でした。

 論文の構成要素は、新規性、有用性、信頼性ですが、従来の工学分野の論文審査基準における新規性は要素技術などが想定されており、従来技術を組み合わせて開発する情報システムの論文は新規性なしと判断される可能性が非常に高い審査基準になっています。また、情報システムに人間活動を含む分野は、社会科学にも関連することから工学では投稿対象分野にすらない場合がありました。例えば担当した科目が「情報検索」「情報論」「情報文化」でしたが、これらの分野における研究成果を論文投稿しようとしたときは工学分野と社会科学の学会を使い分けることが求められます。

 それぞれの教員は基本的に自分のバックランドとする学会で投稿などをするケースが多く、情報システムの論文を作成しなくても研究活動は可能であるという側面もあります。しかし情報システムの発展を考えれば、工学分野のみではなく社会科学分野も対象に取り込んだ「情報システム」論文を投稿できる場の必要性を強く感じました。特に情報システムの関係者が共有すべき有用な知見は開発現場にあり、実社会で実態を持った情報システムに関する知見の論文が日本の情報システム全体の基礎力となるであろうと思いました。私の情報システム学会活動の初心はこの論文投稿の場を作り、情報システムに関する知識の共有、蓄積を図ることでした。

 情報システム学科の中で学会の立ち上げに関する提案行いましたが、教員はそれぞれの学問分野で既に活動していることから情報システムという切り口に興味を示す教員を集めるには限界があり話を進めることができないでいました。実現に向けて動き出したのは2004年に浦先生が長年主催されてきたHIS研究会で学会立ち上げのための説明をさせて頂いて以降です。研究会に参加されていた方々の賛同を得ることができ、それぞれの方の積極的な協力のおかげで学会の設立が実現しました。実社会で活動してこられた先輩方のご尽力で私が個人的に描いていた学会像よりはるかに優れた内容を持った組織として誕生しました。設立以降は、主に学会サーバの立ち上げ維持管理で協力を行ってきました。大学のURLを利用して稼働していたサーバは2009年にレンタルサーバへ移転を完了し役割を終えました。その他に、産業界からの論文投稿を促進するための研究会を通して論文投稿の相談等の活動を行ってきました。先般その成果を「情報システム論文作成のためのガイドブック」として学会から発行することができました。

 現在情報システム学会は法人格をもち、当初描いた学会よりはるかに立派な組織となりました。組織が立派になると安心感が生まれます。前年度を参考に運営が行われるようになると組織が硬直化してしまいます。しかし設立前の状況とあえて比較すると、情報社会を先導できるはずの情報システムの関係者が知見を個人の中に閉じ込めているという状況は設立時とあまり変化がありません。情報システムの関係者全体に有用であるはずの知見が論文という形で公表されず、全体で情報を共有蓄積できずにいるという状況も学会の設立前とほぼ同じ状況です。現場からの論文投稿が少ないのは、論文を書くことの価値が認められず次の仕事が優先されること、特に経営者・上司が論文作成についての価値を認識していないこと、本人が実績を論文化することに慣れていないことなどが要因として考えられる状況もあまり変化がありません。

 情報システム学会の学会活動テーマがいくつかありますが、その中でも学会活動の柱は論文投稿による知識の共有であり、情報システム開発経験を通して得られた知識の共有と蓄積と継承であると、学会の設立前から現在に至るまで信じています。そしてこの「学会活動の柱は論文投稿による知識の共有・蓄積・継承である」という認識が常に共有されて学会が運営されていくことを期待しています。