情報システム学会 メールマガジン 2010.8.25 No.05-05 [9]

連載 情報の価値とインテリジェンス
第4回 「二兎を追う者は一兎を得ず」 が 「二兎から追われる者」 はどうなりますか
    ―インテリジェンス・サイクルによる常時監視システムの構築―

日本経済大学・渋谷キャンパス 教授

菅澤 喜男
はじめに
 「二兎を追う者は一兎を得ず」という諺は良く知られていますが、逆に二兎あるいはそれ以上の兎数から追われた場合はどうすれば良いのかを考えたことはありますか。戦後60年を経て多くの日本企業は米欧諸国の優れた製品・技術を追いかけ、時には追い越して来たように思います。ところが「二兎に追われたらどうする」かについて考えてみたことはありますか。ここ10年で韓国、中国を中心とするアジア諸国から日本市場が狙われ、また欧米の市場シェアーも取られている現実をどのように受け止めるべきかの基本は、追われているとの認識が重要であると考えることはできませんか。
 追う者としての重要な役割は、明確なライバル企業から市場に投入されてくる製品・技術あるいはサービスを特定化し、ライバルよりは優れた製品・技術あるいはサービスを投入して市場を獲得することであると考えます。つまり、特定情報を収集し活用すれば良さそうです。しかし、追われる者の立場は違います。追われる者は、何を追い求めるかは自由です。つまり、不特定かつ今までにない製品・技術を生み出して既存のあるいは類似した市場での競争を出来る限り避けるために不連続(既存市場の延長には無いとの意味)な情報を求めてきます。
 本稿では、追われる者として追う者の情報を効果的に収集しいかに利活用するかについて考えてみます。

1. インテリジェンス・サイクル

 常に追われるものとして市場環境を監視することは必要不可欠です。いわゆるモニタリングを行うためには「インテリジェンス・サイクル」を念頭に置きながら必要な競争に係わる情報を収集し常時監視することが重要です。有名な話として、現在のマイクロソフト社がIBM社に優れたオペレーションシステムの開発を売り込んだ時にIBM社はお断りしています。この時、IBM社は巨艦大砲主義とも言える大型コンピュータこそがコンピュータ・ビジネスの基本であると考えていたようです。つまり、コンピュータのダウンサイジングには興味がなかったことになります。ダウンサイジグこそが不連続な情報であり、それが市場に出現したことが、新たな成長を成し遂げる全く異なる情報が発信されたことだと考えることはできませんか。その後、IBM社はPC部門も中国に売却しています。追われる者としての意識も無く追われているとの意識も欠如していたことが、今日のIBM社の姿となっているのではないでしょうか。インテリジェンス・サイクルとは、企業を取り巻く環境を監視するプロセスとして理解することができます。
 インテリジェンスは地平上の嵐を識別および解明し、パイロットに最良の航空路を知らせる役割があります。最良の選択ができるかどうかは、利用可能な情報の質に左右されます。インテリジェンスは、しばしば成功と失敗との間で差異を生み出すことにもなります。インテリジェンスは、経営幹部が必要とする情報ニーズと密接に関係してきます。経営幹部が意思決定を行う際に、現在または将来的に重要となる可能性がある利用可能な全ての情報を収集、評価、分析、統合および解釈した付加価値の付いた製品がインテリジェンスであると定義することもできます。このインテリジェンスの定義は、次の3つの役割を果たします。

 1. インテリジェンスと情報(評価されていない資料)を区別する
 2. インテリジェンスのダイナミックおよび循環的な性質を捉えている
 3. 上級管理者とインテリジェンススタッフ間のパートナーシップを強調する

 インテリジェンスは意思決定における不確実性およびリスクを削減するために必要な優れた情報です。組織が取れる選択肢は、問題を識別した早さによっても結果が変わります。言い換えると、最良の選択肢は、起こりそうな結果を知ることだと言えます。一度取るべき行動を決定したら、途中で必要な調整ができるようにしておく必要があります。また、その決定により、どのような影響が生じるかを事前に把握しておく必要もあります。
 インテリジェンスの利活用により、組織の現在と将来の競争力に影響を与える環境の全ての外部要素や、潜在的な影響としての脅威、チャンスあるいはリスクを網羅して把握していることが望ましい姿です。インテリジェンス・サイクルは、組織が決めた目標にさらに近づくために、競争相手の活動、企業(組織)を取り巻く環境、あるいはビジネストレンドなどの情報を体系的または循環的に収集および分析するプロセスです。図1に米国のCIAが開発したとされるインテリジェンス・サイクルを示しておきます。図1におけるカストマーとは、意思決定を下す経営幹部を指します。

図1 インテリジェンス・サイクル
図1 インテリジェンス・サイクル

 インテリジェンス・サイクルを利活用する目的は、競争相手よりも優れたパフォーマンスを継続的に維持するための競争上の優位性を築くために、必要な意思決定を行い、戦略を立て、自らを取り巻く環境(例えば業界)と競争相手をより良く理解することです。当然、分析結果は「絵に餅を書く」のではなく実行可能である必要があります。つまり未来志向で、意思決定者がより良い競争戦略を立てるのを助け、競争相手のそれよりも理解しやすく、現在または将来の競争相手、計画および戦略を識別できる必要があります。分析の究極の目標は、組織にとってより良い結果を生み出すことです。
 これらの結果を競争分析から抽出することは、競争を勝ち抜くためにより重要な要素となってきています。

2.インテリジェンス・サイクルの各ステップ

 インテリジェンス・サイクルには、6つのステップがあります。各ステップ全てが重要なステップですが、特に、戦略的な意思決定を支援するという意味では、最初のステップとなる「リクワイアメント(伝達)」が、どの様な情報を収集するかを指示するステップであり重要な役割を果たします。

ステップ 1 と 2: 現在そして潜在的な競合する相手がどこであるか判断する

  ・最初の 2 つのステップはお互いに密接に関係しています。
  ・現在の競合する相手は、簡単な分析で通常は分かる。しかしより深く分析してゆくと、これが不明瞭になってくることがあります。
  ・顧客を中心とした考え方とは正確に何のことか?顧客は同一製品の顧客か?同一の製品カテゴリか?このように考えてゆくと、ほぼ全ての企業がライバル企業であるという考えにたどりつくことがあります。
  ・これは極端だとする考えでも、分析の初めに企業のレーダースクリーンに潜在的なライバル企業を含めた十分な道筋を考えることが重要です。
  ・今日では一般的となった業界の移行(異なる業界から参入してくる)および新たな価値連鎖を考えた場合、狭い範囲のみに分析が集中しないように、これらの重要な仮定をはじめに固定させておく必要があります。
  ・競合する相手を定義する非常に分かりやすい方法としては、次に示す2つの方法があります。
   (1) 従来の方法は、戦略グループ(複数の企業が戦略的にグループを構成する)を定義の中心に捉えていました。戦略グループは密接な関係がある企業間で、類似する戦略、業界の価値連鎖で同様な連鎖、類似する経営資源と能力を持っていることを前提としています。そのため、戦略グループまたは業界内で現在の競合する相手を識別する必要がります。
   (2) 次に市場内のニッチを占有しているライバル企業をイメージします。最終的なイメージを描くことで、代替可能な技術などを採用している企業あるいはライバル企業の製品に興味を抱き始めた顧客など、業界に定着していた従来の市場でのパラメータの周辺で運用を続けている潜在的なライバル組織を識別します。少なくとも、ライバル企業を全てリストアップした戦略マップを作成した後に、業界の価値連鎖内の全てのメンバーを含めて考えておくことが重要です。これは、もっとも激しい現在のライバル企業や業界周辺に潜んでいる潜在的なライバル企業を含むことになります。潜在的なライバル企業は、通常明確ではないので創造的な考えを基本として捉えることが必要です。
  ・市場を定義する以下の方法で、潜在的なライバル企業を明確にできます。
  ・潜在的なライバル企業は、通常は隠れており、完全に新しい競争環境にまったく異なる方法で、新たな顧客価値の提供方法を構築してきます。顧客価値と、顧客がどの企業を最大のライバル企業であると見ているかという簡単な質問を集中的にすることにで、企業は異なるプラットフォーム(顧客が利用する基盤)を通じて比較可能な顧客価値の条件に従い、潜在的なライバル企業を定義することができます。この段階の分析では、顧客の嗜好の変化、好み、モチベーション、新たな製品またはサービスの開発、技術革新の動向などを基準に潜在的なライバル企業を定義することに集中することが重要です。

ステップ 3: これらの競合企業に関してどのような情報が必要かを判断する

  ・このステップを開始するには、まずインテリジェンスの内部のエンドユーザー、つまり企業内の戦略的な意思決定者のところで判断する必要があります。どのような種類の情報がもっとも適しているかの詳細を出すには、戦略的な意思決定者が最適なポジションにいることが求められます。競合する相手のプロファイリングの周辺で行われるインテリジェンス活動への取り組みは、ユーザー志向でなければなりません。そのためには、情報の収集自体が最初から市場志向でなければなりません。
  ・この要件に関連し、内部でのインテリジェンス活動の重要性に対して敏感でいるためには、外部需要、つまり顧客価値にインパクトを与える競合に関するパラメータと情報収集活動を密接に関連付けておく必要があります。表Aで示した「最も有用な種類の情報」だけではありませんが、この段階で考慮すべき情報の種類およびカテゴリを列挙しておきます。
  ・これらの主要な要件とは別に、さまざまなインテリジェンスの利活用およびベンチマーキングから有用なアイデアを得ることができます。表Aで示した Ram とSamier (1998) の研究では、主要な 9 つの研究がうまく要約されている。例えば、Conference Board によって実施された調査では、308 の企業に最も有用な情報の種類をたずねた結果を示しておきます (表 A:最も有用な種類の情報 と表 B:有用またはかなり有用と評価した情報 を参照)。これらを分析することで、潜在的に有用な種類の情報を知ることができる場合があります。しかし、情報のニーズは業界固有または企業固有で、時間の経過とともに変化するものだということを認識していなければなりません。
表A: 最も有用な種類の情報
表B: 有用またはかなり有用と評価した競合する相手に関する情報の種類

ステップ 4: これらの情報を確保するために、競合分析の能力を構築する

  ・第一に、インテリジェンスを利活用する能力に応じたインテリジェンス・サイクルのコンセプトを確立することです。
  ・インテリジェンス・サイクルのインフラは、収集、処理、分析そして普及の 4 つの明確な組織的なスキルを基礎とした能力がなければなりません。
  ・また、必要な情報の殆どは、既に企業内に存在するということを念頭に入れていなければなりません。
  ・つまり、営業スタッフ、マーケティングスタッフなど、社内のすべての人間は貴重な競合に関連する情報を恐らく保有しています。
  ・これら一次ソースとしての情報源は、企業と関連する顧客やサプライヤーに関する情報です。
  ・これは、内部ソースが最も価値があるとしている 多くの研究 レポートの インテリジェンス・サイクル に関する部分で確認されています。

 表 C および 表D は競合する相手の情報の一般的な情報源についてランク付けしたものです。

表C: 最も有用な情報ソース
表D: 非常にまたはかなり重要と評価されている情報ソース

ステップ 5: 収集した情報の戦略分析を実行する

  ・競合する企業が抱く将来のゴールを決定することにより、他のライバル企業に対する彼らの戦略および分析者の企業の戦略を予測することができます。競合する相手の方向性を理解するには、市場シェアー、収益性、組織のパフォーマンスなどの方向性を知る必要があります。将来の方向性に関して、どのようなことが述べられているか、将来、企業がどのような経営を行っていると考えられるかなどです。
  ・現在の戦略。まず、企業が 3 つの一般的な戦略 (低コスト、差別化、集中) のうちのどれを追求しているかを判断します。次に分析を、ライバル企業の各機能分野の戦略ごとに分解する必要があります。競合する相手の現在の戦略は、企業がどのように述べているか、また現在何をしているかを基準として識別することができます。競合する相手の企業が発表している短期的なゴールは何かなどです。
  ・将来のゴールと現在行っていることの違いを識別することから始めます。そこにシナジーはあるか、長期ゴールを実現するには大変革を遂げなければならないか、短期的に行っている活動が将来のゴールと一致しているかなどを考えます。変革のための力がない場合、過去と同様な方法で企業は競合をし続けるものと考えることができます。
  ・ステップ 2 で収集した情報を使用し、それぞれのライバルの SWOT 分析を実行します。ここでの目的は、競合する相手が何をしているか、そして実際は何をできるかを識別することです。これは能力、スキル、リソースについてです。競合する相手が戦略を発表していても、現在の企業の能力と比べた場合異なることがあり、このような場合、企業内部での考え方に疑問を投げかけることが必用です。
  ・仮定として考えられるライバル企業自身、業界、そして他の競合する企業に対する仮定から、ライバル企業に不正な仮定や盲点がないかを知ることができます。しばしば、これらの盲点から競合する上で利用できる機会を発見することができます。これが分析において最も重要な事です。競合する相手は自社を取り巻く環境に対しどのような仮定を持っているか、そしてそれは現在そして将来の両方の戦略に反映されているかです。企業の仮定は能力、現在の戦略、そして将来のゴールの間にミスマッチから判別することができます。
  ・一方、3つの戦略 (低コスト、差別化、集中) の全てが同一のライバル企業の場合は、かなり手ごわいと言うことができます。しかし全ての企業は自社を取り巻く環境および将来に対して仮定および見解を持っているので、これらの仮定は全て明らかにする必要があります。

ステップ 6: 利用しやすい形式で情報を提供する

  ・分析結果を表現するには、さまざまな形式があります。レポートとして記述するよりも視覚的に表現する方が効果的ですが、ここでは代表的な3つの表現方法の概略を紹介しておきます。
   (1) 比較グリッド:競合する企業のポジション (パフォーマンス、能力、主要な成功要因など) を軸上に描画する方法です。その際、評価の基準として、分析者の企業のパフォーマンスまたは業界平均を使用します。比較グリッドは、競合する上で 2 つのパラメータの相対的なパフォーマンスを視覚的に表現することができます。
   (2) レーダーチャート:理解しやすく情報が凝縮されているレーダーチャートは、プロファイリング分析を表現するのに良く使用されます。レーダーチャートは、円周の上にいくつかの点がある業界標準を示す円上に構成されています。その上に、分析中の競合企業または企業のパフォーマンスを示す幾何学的な図形が重ね合わすことができます。パフォーマンスが優れているか劣っているかによって変わる幾何学的な図形の重ね合わせにより、相対的なパフォーマンスを視覚的に示すことができます。
   (3) 競合する相手の強さを色分けして示すグリッドにより表現できます。構築されたグリッドは、シンプルですが、任意の数の競争する上で必用なパラメータとして使用し、競合する企業間の相対的な優位性を示すのに非常に役に立ちます。競争する上で劣っていること、同等であること、優れていることを示す色を割り当てることによって、ライバル間の相対的な競争優位を効果的および効率的に示すことができます 。

終りに

 本稿では、インテリジェンス・サイクルについて説明をしました。インテリジェンス・サイクルを実際に実践するためには、組織全体の理解は当然必要ですが、インテリジェンス先進国である欧米では組織内のインテリジェンスを行っている者を公表しないのが一般的です。また、その組織は欧米の代表的な大企業を参考にした場合、最大10名以内であると理解しています。
 より多くの企業がインテリジェンスの利活用に目を向け、グローバルな競争で優位に立てることを願っています。