情報システム学会 メールマガジン 2010.8.25 No.05-05 [8]

連載 日本の情報システムを取り巻く課題と提言
第1回 日本の情報システムを取り巻く環境

日本アイ・ビー・エム・サービス(株) 代表取締役社長 伊藤重光

 今回から6 回にわたって「日本の情報システムを取り巻く課題と提言」というテーマで投稿をさせていただくことになりました。私自身は大学卒業以来、一貫してITベンダー企業の立場で仕事をしてきましたが、仕事を通じて様々な業界のお客様企業や他のITベンダー企業、そしていくつかの官公庁とも接点があり、様々な難しい課題に直面しました。また経営者の立場で社員の採用や人材育成を通じて学校側と接点を持ったこともあり、情報システム人材に関していくつかの問題意識を持って仕事をして来ました。
 さらに外資系ITベンダーということもあり、グローバル化の流れの最前線で、日常の仕事に大きな変化を感じています。グローバル化の流れは日本の企業にも同様の変化を要求しつつあり、もはや避けて通れない課題になって来ています。このような環境の中で、現場のシステム・エンジニア、技術系管理職、営業系管理職、本社の人材開発スタッフ、コンサルタント、そしてグループ会社の経営に携わった経験から課題を整理し、それに対して提言をまとめたいと思います。
 そして今回の提言が日本の情報システムの発展に少しでもお役に立てればと願っています。

 今回は第1回として日本の情報システムを取り巻く環境を広く眺めてみたいと思います。2回目以降では次にあげたテーマに関して意見を展開して行く予定です。
 第2回 産(ユーザー企業)の課題
 第3回 産(ITベンダー企業)の課題
 第4回 学(教育機関)の課題
 第5回 官(官公庁)の課題
 第6回 情報システム発展のための情報システム学会への提言

 まず日本の情報システムを取り巻く環境の中で、私自身が特に危機意識をもっている内容について述べたいと思います。

1. ユーザー(企業や官公庁、学校等)の情報システムの活用が不十分なのではないか

 情報システムは単に事務処理における手作業の効率化・省力化に留まらず、部門や企業を越えた業務プロセスの効率化によるコスト削減やリードタイム短縮、そして管理レベルの向上や経営の見える化、そして製品への情報技術実装による差別化等、経営に直結する戦略的な活用にまで広がって来ています。しかしながら経営者やCIO(情報システム担当役員)の情報システムに対する理解という観点では日本は欧米に大きく遅れをとっていると言わざるを得ない状況です。
 金融機関においては情報システム自体が金融商品とも言えるほど経営に密着しているため、経営者の理解度は高いものの、日本全体では残念ながら情報システムは苦手という理由で現場に任せているという経営者が多いのではないでしょうか。経営層の理解と関与が不十分では情報システムの活用は限定されてしまいます。これは企業だけでなく官公庁や学校でも同様であり、日本の情報システムを取り巻く環境として大いに反省をし、日本全体で対応を考えていく必要があると認識をしています。
 勿論、そのような中でも、少数ではありますが、情報システムに理解のある経営者やCIOが存在していることも事実であり、どのようにしたらそのような人材を輩出できるのかを真剣に考えていくべきだと考えています。

2. 情報システムに関してユーザー(企業や官公庁、学校等)の外部依存が強すぎるのではないか

 欧米企業と日本企業では情報システム要員の数がかなり違うようです。欧米では情報システム部門を戦略部門と位置づけている企業が多く、自社要員を中核とした企画・計画・開発・保守・運用を実施しているために情報システム要員が多いのです。日本企業では情報システム部門を本業ではない間接部門として捉えるケースが多いようで、外部のITベンダーに依存をした体制となっている企業が多いように感じています。
 自社要員が限られているためにITベンダーを管理・指導することが出来ず、ITベンダーに作業だけでなく管理までも依頼せざるを得ないケースが多く見られます。最近では個人情報保護やウィルス感染等のITセキュリティが大きな社会問題となっていますが、このような経営リスクに関わるテーマに関してもITベンダー頼みとなり、ガバナンス(企業統治)という意味で課題が出てきている企業も多いようです。IT技術に関しても自社要員にスキルが無いためにITベンダーの評価さえできない状態の企業もあるようです。
 ITベンダーとの強い信頼関係の中で成り立っている構図ということになりますが、私は企業の戦略にまで関わる情報システムに関して、本当にこの構図のままで良いのだろうかという疑問を持っています。やはり戦略立案・企画・計画はユーザー側がリーダーシップを取るべきであり、開発・保守・運用に関してもきちんと管理・評価できるだけの技術力やプロジェクト・マネジメント力を自社要員に残しておくことが重要であると考えています。そのためには開発・保守・運用の力を育成・維持するために、ある程度は自社でも担当することが必要になるのです。

3. 本来素晴らしいはずの情報システム関連の仕事が魅力的で無くなっているために、優秀な人材が集まらないのではないか

 情報システム部門が間接部門であり戦略的な部門ではないという位置づけになると、外部のITベンダーに依存することが増え、ユーザー企業の情報システム部門の仕事は本業である開発・製造部門や営業部門に比べると魅力的な仕事では無くなってきます。また本業で無いためにプロフェッショナルな仕事という観点でも魅力的で無くなっているのではないかと思います。
 一方ITベンダー企業では情報システム関連の仕事が本業であるために、プロフェッショナルな仕事が沢山ありますが、日本ではベンダー側もメーカー系、独立系大手、独立系中小の3階層構造となっており(一部の通信系ITベンダーはメーカー系を下につけることもある)、多くの情報システム要員は厳しい職場環境と労働環境の中で、与えられた仕事を指示されて作業をするという仕事の仕方になってしまっているのが現状ではないでしょうか。
 このような状況からIT業界は「きつい」「帰れない」「給料が安い」の3K、あるいは「休暇が取れない」「(就業)規則が厳しい」「化粧がのらない」「結婚できない」を加えて7Kと言われてしまう原因だと認識をしています。本来情報システムに関わる仕事は戦略的であり、社会の仕組みを変革し、人間に便利な世界を実現する素晴らしい仕事であるはずなのに、その魅力的な仕事ができている人は少数である現状をなんとか打破することが日本の情報システムの発展とって重要な課題であると考えています。 経営レベルや社会レベルの大きな視野を持って自ら考え、提案し、主体的に行動できるプロフェッショナル。各人が強みを持って参加したプロジェクト・チームの中で、夫々の強みを発揮し、お互いに補完することで後世に残るような大きな成果をあげられる仕事。仕事を通じて大きく成長できるし、大きな達成感が得られること間違いなしです。
 ユーザー企業とITベンダー企業、下請企業の構図を見直し、お互いにプロフェッショナルな仕事として誇りを持って働けるようになれば、情報システムの仕事は最も魅力的な仕事のひとつになるでしょう。

以上
編集部注 日本アイ・ビー・エム・サービス(株)は社員数約2,400名の日本アイ・ビー・エム最大の子会社であり、システム開発やアウトソーシング・サービス等の幅広いサービスを提供しているシステム・エンジニアの会社。著書には『ERPプロジェクトこうすれば成功する』日本経済新聞社がある。