情報システム学会 メールマガジン 2009.11.25 No.04-09 [12]

連載 プロマネの現場から
第20回 PMBOK第4版日本語版
 〜 プロジェクトマネジメント標準の次なる段階

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 去る10月24日・25日、週末の2日間、竹橋にある学術会館にて、「PMI Japan Forum 2009」が開催されました。
 当フォーラムは、PMBOK(注1)改訂状況等のプロジェクトマネジメントの新しい動向や、宇宙開発事業プロジェクトやメガバンクの大規模プロジェクトの事例報告、そして、ちょっと変わったところでは、東京マラソンや東京オリンピック招致の舞台裏の紹介等もあり、毎年参加を楽しみにしています。
 今回のフォーラムの全体テーマは、「今こそ、プロジェクトマネジメント 〜目標達成の方法〜」と題しており、そこでの最大の関心事は、昨年2008年に米国のPMI本部で行われたPMBOKをはじめとする各種標準改訂の日本語版が出揃ったことにあり、その紹介と考察が中心でした。
 (注1)Project Management Body of Knowledge

 フォーラムの会場では、「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド第4版 日本語版(以下、第4版と略)」を市販されるよりも一足早く手に入れることができました。
 A4版で、厚さ2cm、重量1200gとズシリと重く、通勤電車で読むには骨が折れるな、と思わず苦笑いしました。

 PMBOKの改訂を振り返ると、1987年にホワイトペーパーが出されて以来、1996年に、96年版として初版が出、2000年の2000年版、2004年の第3版と、4年毎に改訂を続け、2008年に今回の第4版が出来、この第4版の日本語版がこのたび出来たことになります。

 2000年版で、225ページだったPMBOKですが、第3版で、430ページを超えて大幅加増されました。第4版は、486ページへとさらに増えています。
 しかしながら、前回2004年の改訂において、2000年版から第3版へ量だけでなく、内容についても大幅なモデル変更があったのに対してみると、今回の第3版から第4版への改訂はマイナーな変更にとどまっています。詳細はじっくりみてはいないのですが、ページをめくって、第3版との違いを探してみると、いくつか変更点が目につきます。
 一番ページが増えた「付録」欄には、「interpersonal skill」の項が追加されていること。
 プロセス毎のデータフローの記述方法の表現が見直されていること。
 従来は、プロセス間の順序性が明確だったが、今回の改訂では、「プロジェクト統合マネジメント知識エリア」が中心に位置づけられ、個別のプロセスの相互連携の表現になっています。
 また、プロセス毎に適用すべき「ツールと技法」について、「専門家の判断(Expert Judgment)」が増えています。
 これらの指摘は、「PMBOKの七不思議(*)」というテーマでフォーラムにおいても指摘されていましたが、2000年版で6ヶ所だったものが、第3版では13ヶ所、第4版では19ヶ所へ急増しています。以前の版では、「マネジメントの方法論」と「PMIS(プロジェクトマネジメント情報システム)」となっていた箇所が、「専門家の判断」に変更になっています。
 その理由として、PMBOKは、そもそも科学面とアート面の双方を重視する姿勢はあったものの、従来は科学的アプローチの普及に重きをおいていたのではないか。それが、版を重ね、科学的アプローチが浸透・定着してきた現状を踏まえ、科学的アプローチによって得られる分析結果を判断する専門家の役割の重要性を改めて浮き彫りにしたのだと考えています。

 以上のような改訂点はありますが、総じて、PMBOK第3版からのスキームそのものに変更はなかったとの認識です。つまり、このことは、PMBOKそのものが十分に成熟したのでは、という「PMBOK成熟説」を示しているのかもしれません。

 ところで、プロマネの定義としては、第3版においては、プロジェクト・マネジャーとは、「プロジェクト目標を達成する責任を負う人」と定義されていましたが、第4版においては、プロジェクト・マネジャーそのものの定義は変わりはないものの、プロマネの役割として、
 「プロジェクト・マネジャーは、プロジェクト目標を確実に達成すると共に包括的なプログラム計画にプロジェクト計画を確実に整合させるために、ポートフォリオ・マネジャーやプログラム・マネジャーと緊密な連携をとる」必要がある、と指摘しています。

 プロマネが、プロジェクトというスコープの中で、プロジェクトの成功、成果を得ることを追求する一方、プログラム・マネジャーは、プロジェクトの集合体であるプログラム全体が上手くいくこと、戦略目標とベネフィットの達成を目指します。
 さらに、ポートフォリオ・マネジャーは、組織としての投資価値の最適化を図るべく、組織の戦略目標にあわせてプログラム/プロジェクトの取捨選択や組織資源の配分を図ることをその役割としています。

 そして、実に、今回の改訂のポイントは、PMBOK単体の改訂にあるのではなく、プログラム・マネジメント、ポートフォリオ・マネジメント、OPM3(組織的プロジェクトマネジメント成熟度モデル)の一斉かつ、整合性を持った改訂にあったことにあるのだと思います。つまり、プロジェクトマネジメントのモデルは、新しい段階に入った感があります。

 1996年のPMBOK初版以来、10年を経て、PMBOKは現場のプロジェクトにおいても、9つの知識エリア等共通用語として定着しつつあります。
 しかしながら、PMBOKより上位のマネジメントであるプログラム・マネジメント、ポートフォリオ・マネジメントは、2006年に登場したものの、今回、日本語版が初めてでたこともあり、その存在も含め、普及はまだまだこれからです。

 近年、プロマネが対象とするプロジェクトが、大規模化・複雑化・高度化する中で、単一のプロジェクトのモデルから、大小さまざまな複数のプロジェクトを統括するケースは増えており、また、プロマネを統括するライン・マネージャとしてのマネジメントの指針として活用されるような標準に育っていくことを期待されています。
 一方、足元のプロジェクトにおいては、PMBOKをベースとしたプロジェクト標準の策定において、PMBOKのまだまだ生硬な記述と、そもそもが体系としての位置づけであることから、実プロジェクトへの適用のためのテーラリング(注2)に腐心する作業は続いています。しかしながら、プロジェクトマネジメントからプログラム・マネジメントへ、さらにプログラム・マネジメントからポートフォリオ・マネジメントへと視野を広げていくことで、プロマネのキャリアにおいて、将来に対する明るい展望を抱くことができるようになったのでは、と思っています。

 (注2)プロジェクトをより効率的・効果的に進めるため、プロジェクトの特性に応じて標準体系に対しプロセスの追加や削除をしたり、手順の変更を行なうことをテーラリングと言います。
 (*)「PMI Japan Forum 2009」での発表
    「PMBOKの七不思議」PMBOK委員会 研究WG