情報システム学会 メールマガジン 2009.9.25 No.04-06 [5]

評議員からのひとこと 「CIOを目指す方々へ」

株式会社インテリジェントウエイブ 取締役 専務執行役員 新井 乙平

 本学会の発起人に名を連ねたものの然したる活動もせぬままにいたが、いつの間にか評議員に推され、今回は何か書けとご指示を戴いた。大学卒業以来、実務の現場を歩いてきた者として、如何ほどかの参考になればと筆を取ることとした。

 私は情報システム学会誌の第一巻第一号に「CIOを巡る課題」と題してみずほ信託銀行のCIOの経験を基に寄稿したことがある。論旨等はこちらを参照いただきたい。拙稿執筆当時はみずほの関係会社である小体のIT企業の社長をやっていたが、3年前に退任し、友人に請われて今の会社に入社し、セキュリティシステム事業部長として開発の現場に復帰してしまった。とは言っても立場は全く逆転し、これまでは主としてユーザーサイドに立っていたのが、今度は製品を開発しこれを代理店などを通じて顧客である企業に販売する立場である。この新しい経験も加味して思うところを述べてみたい。

 日本の企業の経営陣を見ると、人事畑、営業畑、経理畑、製造畑、研究開発畑などというのは多く見られるがIT畑を見つけるのは極めて難しい。日本の企業の社員育成のやり方は、大学で一般教養プラスアルファ程度を学んだ新卒者を受け入れ、これを自前で教育しその過程である程度の専門性(畑)を獲得させるが、飽くまでもゼネラリスト重視の視点で育成し、経営者への途を歩ませているのが一般的であると思う。その中にあって、IT分野はかなりの専門性が必要なこととその重要性が認識されてから日が浅いこともあって、IT畑といった集団が形成されていないか、存在したとしても経営の一画には参加できない専門家集団という位置づけになっていることが現実と思う。

 そうするとどうなるか。IT部門の独走が起こる懸念であろう。経営の方向とは別にIT部門の都合だけで開発案件が決められ、開発が行われることが生じる。これを防ぐ手立てとしてはCIOを選任し、経営の方向とIT部門の方向を一致させることが行われている。ところが前掲の拙稿でも指摘したが、役員陣にIT経験者がいないので「名ばかりCIO」になるか、スキルを求めて選任すると経営会議に参加できない低職位のCIOが出てくることとなる。本来CIOはすべての会社の意思決定に参加して、IT部門として会社の経営目的達成のために何をなすべきかを考え、方向感を摺り合わせる役割があるが、その負託に足る人材が少ないのが現実であろう。今の私の仕事でも企業の誰にアプローチをしたら我々の製品を正しく評価してもらえるのかが判らないことが悩みである。意思決定者レベルにはシステムの機能を評価できる人が居らず、一方で必要性を理解するIT部門では予算取りの上申が出来ないというのが多くの企業の現実ではないか。

 本学会の会員は企業でITを担当している方も多いと考えるが、このような現状で何をなすべきなのか。私の経験を基に幾つかの点を指摘しておきたい。先ずIT部門にいてもその会社の本業に強い関心を持つよう勧めたい。IT部門に配属されるとどうしてもシステム開発の方法論やプログラム言語の習得などに時間と関心が集中することとなるが、そういった多忙な日常にあっても、会社の製品開発の方向がどうなっているのか、営業の重点がどうなっているのかなどに常に関心を持ち研究することは、いずれ自分にアサインされる業務要件の理解や定義に大いに役立つものと思う。私も配属されたIT部門で当時出来たばかりの情報処理技術者試験にチャレンジすると共に、金融経済、銀行法務、財務分析などの社内試験すべてに合格した記憶がある。ユーザー部門の考え方を理解しないでは良いシステムは作れない。

 次にこれを更に進めて、IT部門で自分も一人前になったと実感できたならば、次のステップとして、製造や営業の現場を経験することを上司に強く申し出て、実現させて欲しい。それも見習い程度の短期腰掛ではなく、数年はITの現場を離れて経験することが望ましい。私も銀行に理工系出身の二期生として入行したが、現場経験を強く希望し、何度かの営業店や本部経験をしたことがその後のIT部門での仕事に大きく役立った思いがある。一方上司の立場に居られる方は、これはと思う人材を現場に出してもらいたいと思う。私の経験でもこういった提案を行うと、彼なり彼女がいなくなると仕事が回りませんという回答が返ってくる。そこは蛮勇をもって決断するしかない。メンバーが一人欠けた程度では業務は何事もなかったように進捗するのが常である。こうした経験を踏ませた嘗ての部下が要職を占めていると嬉しくなる。

 以上のような努力の積み重ねによって企業の中のIT畑が形成され、それが実力を蓄え、その中のトップがCIOに選任され、文字通り実力CIOとして企業経営の一画に参加できる状況を作ることが私の強い願いである。
そして、そのような視点で、情報システム学会でも、より多くの議論、研究、提言などがなされることを希望したい。

(編集部注)
  情報システム学会誌目次一覧
    http://www.issj.net/journal/jissj/index.html
  CIOを巡る課題
    http://www.issj.net/journal/jissj/Vol1_No1/A4.pdf