情報システム学会 メールマガジン 2009.4.25 No.04-01 [9]

連載 プロマネの現場から
第13回 刃を研ぐ・・・SEのタイムマネジメント

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 スティーブン・コヴィーの「7つの習慣」の中で、一番好きな習慣は、第七の習慣「刃を研ぐ」の章です。

 森の中で、必死になって木を切り倒そうとしているキコリがいる。もう5時間もかかりきりで、へとへとだ。見かねて、
「ちょっと休んで、刃を研いだらいかが?」と問うと、忙しくてそんな暇はないんでね」という答え。どっかおかしい。いえ、とってもおかしい。

 でも、日常の業務やプロジェクトに目を転じてみると、こんな光景はどこにでもある、と思えてきます。以前、忙しくないとやりがいを感じられない一方、その忙しさゆえに消耗してしまうことを称して、「修羅場快感症候群」という言葉を聞いたことがあります。そして、多くのプロジェクトにおいては、ピークを迎えると多少なりとも修羅場快感的な様相があると思います。
 そこで、今回は修羅場快感症候群を回避するための、SEにとってのタイムマネジメントのあり方について少し考えてみたいと思います。

 タイムマネジメントを考えるにあたって、優先順位をつけることの大切さについて有名な逸話があります。

 当時世界最大の鉄鋼会社であったUSスティールの社長チャールズ・シュワブのもとに、アイビー・リーという一人の若い経営コンサルタントが訪ねてきました。何度、面会を申し込んでも、忙しいことを理由に断られました。そこで、アイビー・リーは1枚のメモをシュワブの秘書を通じて渡しました。その数ヵ月後、シュワブからそのアイビー・リーに対して、2万5千ドル(・・いまなら数千万円以上でしょうか)の小切手が送られてきたといいます。

ところで、このメモには何が書かれていたのか?

1.夜寝る前に翌日しなければならない事を6つ書いてください。
2.次にその6つに優先順位をつけてください。
3.翌朝目覚めたら優先順位が1番目のものから実行してください。
4.優先順位の高いものが終了するまで次のことをしないで下さい。
たとえ2番目以降のことができていなくても大丈夫。あなたのやっていることは正しいと自信を持ってください。
5.そして、このことを、まずは3ヶ月間継続してください。
6.業績があがったら、今度は従業員全員にやらせてください。

 このとおり実行したチャールズ・シュワブは忙しさから開放されるとともに、業績が向上した、というお話です。
 極めてシンプル、それでいてパワフルなアドバイスです。新人の頃に聞いたはずなのに、忙しさからも開放されず、業績も極めてよくはなっていない・・自身を振り返ると、ちょっと恥じらいながらも、このアドバイスは現在でも有効だ、と思います。

 そうすると、次は、優先順位のつけ方になります。

 「7つの習慣」の中の第三の習慣は、「重要事項を優先する 自己管理の原則」です。
 重要事項の整理にあたって、緊急度と重要度の2つの指標を採った、「時間管理のマトリックス」を考えます。

 第一領域 緊急かつ重要

  → 締め切りのある仕事、クレーム処理、せっぱつまった問題、病気や事故・・

 第二領域 緊急でない、かつ重要

  → 人間関係づくり、健康維持、準備や計画、リーダーシップ、勉強や自己啓発
真のレクリエーション、品質の改善、エンパワーメント

 第三領域 緊急かつ重要でない

  → 突然の来訪、多くの電話、多くの会議や報告書、無意味な冠婚葬祭・・

 第四領域 緊急でない、かつ重要でない

  → 暇つぶし、単なる遊び、待ち時間、多くのテレビ・・

 そして、どの領域に注力するかによって、どのようなことが起こるかを示します。

・第一領域中心主義
 → ストレスがたまる、燃え尽き現象が起こる、緊急な問題対応に追われる
 → 気晴らしに逃げる
・第三領域中心主義
 → 短期的な視野になる、八方美人に見られる、目標や計画が意味なく感じる、
周りに振り回される、人間関係が決裂することが多い
・第三・第四領域中心主義
 → 無責任な生き方になる、重要なポストから外される、
他人や組織に依存しきった状態になる
・第二領域中心主義
 → ビジョンを持つようになる、生活のバランスがとれる、健康になる、
人間関係が改善される、危機が少なくなる

「第二領域に集中することは、効果的な自己管理の目的である。第二領域は緊急ではないが、重要な事柄を取り上げているからである。人間関係づくり、ミッション・ステートメントを書くこと、長期的な計画、運動、予防保全、準備などは、すべてこの領域に入っている。誰もがこうした活動の大切さを理解しているはずである。しかし、それらは緊急ではないから、いつまで経ってもなかなか手がつけられないのである。

 ピーター・ドラッカーの言葉でまとめれば、「大きな成果を出す人は、問題に集中しているのではなく、機会に集中している」ということである。彼らは機会に時間という餌を与え、問題を餓死させようとするのだ。つまり、彼らは予防的に物事を考えるのである。この人たちの生活にも、第一領域の問題が、もちろん発生することがある。しかし、その数は非常に少ない。なぜなら、彼らは波及効果の大きい、自分の能力を向上させる第二領域の活動に集中することで、生活のP/PC(Performance/Performance Capability)バランスを維持するようにしているからだ」

 この説明を読むたびに、第二領域中心主義の生き方で行きたい、と思います。

 それでは、SEにとっての第二領域とは何でしょうか?

 それを考えるにあたってSEに期待されることを振り返るため、SWEBOKをみるとこう書かれています。
 ソフトウェアエンジニアに必要とされる知識領域には、「ソフトウェア要求」「ソフトウェア設計」「ソフトウェア構築」「ソフトウェアテスティング」「ソフトウェア保守」「ソフトウェア構成管理」「ソフトウェアエンジニアリング・マネジメント」「ソフトウェアエンジニアリングプロセス」「ソフトウェアエンジニアリングのためのツールおよび手法」「ソフトウェア品質」の10にわたります。そしてさらに、これらの知識領域との境界を確立する上で、「コンピュータエンジニアリング」「コンピュータサイエンス」「マネジメント」「数学」「プロジェクトマネジメント」「品質マネジメント」「ソフトウェア・エルゴノミクス」「システムエンジニアリング」の8つの関連ディシプリンを示しています。

 どの知識領域もディシプリンも、非常に広汎で極めて深い。またどの領域も発展途上であり、どれだけやっても極めつくせません。
 このように期待されているSEへの要求を踏まえて、思いつくままに、SEにとっての第二領域の活動を挙げてみます。

・プロジェクト憲章、プロジェクト実行計画書の策定
・品質保証計画書の作成
・マスタスケジュール、WBSの策定
・次工程以降のスケジュールの詳細化
・各種ダイアグラムの整備

 ex.ERD、DFD、UML、マンマシン業務フロー、システム構成図・・

・工程標準、成果物標準、設計標準、ツール標準等の策定・整備
・プロセスの標準化
・分析プロセス、設計プロセス、開発プロセス、各種管理プロセスのノウハウ化・明文化
・プロセス改善 対象プロセスの拡大、プロセス水準の向上
・見積り基準の策定・整備、FP法等見積り手法の修得・習熟
・新しい技術の試行、検証
・リスクマネジメント
・バグ分析、再発防止策
・品質向上活動
・プロジェクト完了時の教訓化
・PMBOK、SWEBOK、SQUBOK等
・ソフトウェアエンジニアリングの8つの関連ディシプリン
・ITIL、ITサービスマネジメント等

上記のソフトウェアエンジニアリングの成果の修得・取込み

・プロジェクト導入教育教材の策定・整備
・プロジェクト導入教育の実施
・プロジェクト・キックオフ
・技術検討会
・提案書作成
・フレームワークの整備
・フレームワークの修得
・ソリューション化
・ソリューションの横展開
・サービス化
・オフショア
・海外展開

 足元の担当プロジェクトにおける活動だけでも、以上のようなことが数え上げられます。
 こうして列挙してみると、新しい技術や知識を習得することとともに、「暗黙知」を「形式知」にする努力が主体であると、再認識します。

「・・刃を研ぐことは、第二領域(重要ではあるが緊急ではない)の活動であり、第二領域は、自ら率先して行なわない限りは実行できない領域である。第一領域は、緊急であるがためにあなたに働きかけて、切羽詰まった状態をつくり出す。しかし、個人的なPC(Performance Capability)は、自然にできるようになるまで、つまりある意味で「健康的な中毒症状」を起こすまで、自ら働きかけなければならない。そして、それは自分の影響の輪の中心にあり、ほかの人に代わってもらうことはできず、自分のために、自分自身で行わなければならないものである。
 これこそが、人生で唯一最大の結果を生み出す投資なのである。つまり、自分自身に投資することだ。つまるところ、人生に立ち向かうために・・」

 第二領域を中心としたタスクの優先順位をつけ、「健康的な中毒症状」となるまで、つまり習慣になるまで、腰を落ち着けて取り組む。その投資した時間への見返りは十二分にあると思っています。