情報システム学会 メールマガジン 2008.10.25 No.03-7 [7]

大学教育最前線:第14回
「社会人学生の立場から見た情報システム教育」

盛岡市総務部総務課情報企画室 主査 深田 秀実

はじめに

 このたび、「社会人学生の立場からみた大学の情報システム教育」というテーマで、執筆依頼を頂きました。わたくしは、社会人としてのキャリアを土木技術者としてスタートしており、情報システム学は大学院から学び始め、情報システムに関する本格的な業務経験も5年程度です。このような者が、情報システム学会の皆様がお読みになるメルマガで、情報システム教育に関するコラムを書いてよいものか、不適任ではないかと考えておりました。
 しかし、地方自治体の情報システム部門に勤務しながら、社会人大学院生として学位を取得したという、レアケースと思われる経歴をもつ者にご依頼頂いたという意図を踏まえ、「ご自由に執筆いただく」というお言葉に甘えつつ、自分の感じたところを述べさせて頂きたいと思います。なお、以下に述べる内容は、あくまで、わたくし個人の経験談に近いものであり、かつ、社会人学生経験者という狭い視点からみた話題であることをご容赦頂きたいと存じます。

岩手県立大学ソフトウェア情報学部について

 わたくしは、2008年3月まで社会人大学院生として、岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科にお世話になっておりました。以下、OBとして、同大学の紹介を簡単にさせていただきます。岩手県立大学は、「看護学部」、「社会福祉学部」、「ソフトウェア情報学部」、「総合政策学部」の4つの学部で構成されております。2008年には開学から10周年を迎えましたが、西澤潤一初代学長(現首都大学東京 学長)のもと、開学当初から「地域に根ざした実学・実践」を基本方針とし、地域貢献を重視した教育・研究活動を積極的に展開しております。ソフトウェア情報学部の在籍人員は、現在、教員約60名、学部学生・大学院生合わせて、約780名となっております。
 ソフトウェア情報学部の特色は、学部1年次からの講座配属です。1年次の学生は、4つの履修モデルコース(「基盤システムコース」、「情報システムコース」、「メディアシステムコース」、「知能システムコース」)で構成される20講座に仮配属されます。研究室には、学生ひとり1台のUNIXワークステーションが用意されており、2年次以上の先輩学部生と交流しながら、基礎的な学習を進めることができます。2年次前期までは、学生の希望があれば半期ごとに研究室配属を変更できることから、複数の研究分野を知ることが可能で、2年次後期から本配属となります。各コース・各講座の詳細については、学部ホームページをご覧ください。
http://www.soft.iwate-pu.ac.jp/course.html

ソフトウェア情報学部のPBL

 ソフトウェア情報学部では、PBL(Project Based Learning / Problem Based Learning)を取り入れた教育活動を積極的に展開しております。わたくしが所属していた情報システムコースの社会情報システム学講座では、2年次後期からPBLを段階的に経験しながら卒業研究に繋げていく方針としています。講座研究室に本配属になった最初の情報システム演習は、仮想のIS案件に対して、分析・設計・開発・評価を行うプロジェクト演習です。3年次後期では、プレ卒論として、教員が用意した地域連携テーマまたは学生自身の自主テーマにより、社会課題や地域課題を対象とした情報システム開発を経験します。4年次の卒論は、プレ卒論を踏まえた地域連携型の研究を行うケースが多くなっています。
 岩手県立大学に限らず、最近の情報系大学では、PBL形式の演習が取り入れられていると伺っています。わたくしが工学部の学部生であった約20年前を思い返しますと、社会との接点があり、学生が能動的に学ぶ演習にあたるような科目は、3年次に選択必修として工場見学があった程度で、PBLのような問題発見型の演習はほとんど無かったと記憶しております。
 このような変化の要因は、産業界における新人社員に対する人材育成環境の変化など様々な要因があると思われますが、学生側に立ってみれば、PBL形式の演習により、受動的な講義から得る知識だけではなく、企業のシステム開発現場に近いプロセスを実際に経験することができるため、大変有意義であることに疑いの余地はありません。PBLの学習効果としては、問題解決能力が備わり、また、対人コミュニケーション能力の向上が期待されます。特に、コミュニケーション能力に関しては、わたくしの職場に配属される大卒新採用職員に比較し、PBL型式の演習を経験した現役4年次学生のほうが、より長けている場合が多いと実感しております。

社会人学生から見たPBLとOJTの違い

 地方自治体や企業の人材育成は、職場におけるOJT(On the Job Training)とキャリアに応じた研修が中心になっています。しかし、最近、自治体の情報システム部門では、アウトソーシングが進み、OJTで新規システム構築全体を経験できなくなってきております。また、行政でも企業でも、新規導入のシステム開発の失敗は業務に大きな影響を与えるため、プロジェクトは慎重に進められ、失敗する事例は数少ないと思われます。そのため、大学での教育期間のうちに、仮想的であっても、ひと通りのシステム開発をPBLで体験し、成功あるいは失敗を経験することは、とても貴重であるはずです。
 私たちは、子供の頃、多くの失敗を重ねて様々なことを体得してきました。学校は、正に失敗しても大丈夫な「場」であり、その経験の中で、教師や友人のサポートを得ながら、より多くのことを学びます。従来の大学教育は、学生が失敗を経験できる機会が少なかったように感じます。PBLは、学生が失敗を恐れず、積極的にチャレンジできる環境も与えてくれます。OJTでは、チャレンジというようなモチベーションを与えることは、なかなか難しいのではないでしょうか。学生がPBLで成功を体験できれば、それは自信に繋がります。失敗しても、そこから学ぶことができます。教育効果としては、実社会で非常に厳しい様々な事態に遭遇する可能性があることを考えると、むしろ、順調に開発が進まない場面に直面し、それを個人で工夫し、あるいはチーム全体で協力しながら、困難を乗り越えることができたという成功経験のほうが有益な場合もあると思います。

地方自治体における人材育成

 人口30万人以上の地方自治体では、一般的に、情報政策や行政情報システムを所管する担当部署があると思います。しかし、情報システム部門の職員とはいえども、大学で情報系を専攻した職員は少なく、現場の業務に必要な広く浅い知識のみを習得し、5年前後で他の部署へ異動していくというゼネラリストしか育成できていないという自治体が多いと思われます。総務省がいくら「自治体でも情報システムに関する専門知識を持った人材の養成が急務だ」といっても、現実は、専門研修のための十分な時間と予算はなく、日常業務に忙殺されているというのが、多くの自治体情報システム部門の実態であろうと思われます。
 しかし、このような人材育成環境においても、向学心を持った(ちょっと変わった)自治体職員がいるもので、それに対応するように情報(工)学を学びたい社会人を受け入れる大学の体制が整い始めました。例えば、信州大学大学院工学系研究科情報工学専攻(通称インターネット大学院)の取り組みは先駆的です。また、長期履修学生制度を取り入れ、社会人大学院生を経済面でサポートするような仕組みも整ってきています(岩手県立大学大学院も2007年度からこの制度を導入しています。もう少し早く導入して頂ければ、わたくしもその恩恵を受けられたのですが...)。
 以上のように、大学側の受け入れ体制は整いつつある印象が強いのですが、産業界や行政組織の送り出す体制はどうでしょうか。もちろん、組織内部でICT部門の人材育成をきちんと行うという方針を持つ行政や企業組織であれば、外部に送り出すことを考える必要はないでしょうが、中小規模の組織では、内部で専門知識を持つ人材を育成する環境を整えること自体、困難な場合が多いと思います。わたくしが在籍する盛岡市では、ようやく、最近、学業のための休職制度ができました。大学院で2年間学ぶことを想定した制度で、実際、今年から法科大学院へ入学した職員がおりますが、休職中は無給となります。地方自治体の社会人大学院生をサポートする体制は、まだまだこれからだと思われますが、どの組織においても、学ぶ姿勢を持つ人材を大切にし、支援していく体制の充実が重要だと思われます。

おわりに

 社会人大学院生を経験した者として、大学で学んだ経験をもとに情報システム教育について整理したいと思って書き始めたのですが、最後のほうは、愚痴になってしまいました。申し訳ございません。最後まで駄文をお読みいただき、ありがとうございました。現状認識が甘い箇所や誤っている点などあるかもしれません。ご指摘、ご意見、などいただければ幸いに存じます。

<筆者プロフィール>
1990年岩手大学大学院工学研究科修士課程修了。建設省土木研究所(現国土技術政策総合研究所)などを経て、1993年盛岡市採用。下水道部、建設部などを経て、現在、総務部総務課情報企画室主査。この間、2003年より在職のまま、岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科博士後期課程に入学し、2008年同大学大学院同研究科修了、博士(ソフトウェア情報学)。情報処理学会、地理情報システム学会、日本社会情報学会(JASI) 各会員。
E-mail:fukada■city.morioka.iwate.jp
個人ホームページ http://fukada.ihatovo.net/index.html